私の本棚からvol.3

至福の味/ミュリエル・バルベリ

至福の味

至福の味/ミュリエル・バルベリ
高橋 利絵子 (訳)
早川書房刊

「あなたは、人生最後の晩餐に何を食べたいですか」
他愛もない、友人や家族との会話の中で、誰もが一度は、そんな話をしたことがあるのではないでしょうか。この本はまさにそんな楽しくも難しい問答を、深く深く掘り下げた作品です。

人間は誰しもが、食べることで生きていける。食べるという行為はみんながしていることですが、その中でもこの物語の主人公は、多くの人よりも「食べること」に密接した生活をしていた人です。「食べること」を職業にしていた人、すなわち料理評論家です。
彼は臨終の床にあり、生涯に味わった様々な美食の数々を思い出します。命が燃え尽きる前に、最後に食べたい「あの味」。しかし、どうしても思い出せない…。
人生の中で味わってきたありとあらゆる美味しい料理、そしてその料理を食べた時の情景や、料理を振舞ってくれた人々の記憶と共に思い出します。
美食にありつくこと、それを評論することが仕事であった人ですから、それはそれは豪華な食事も味わってきたのですが、いまわのきわに思い出すのは、その料理の値段がいくらだったのかではないのですから、面白い。
私は小学生くらいの頃から、レシピ本を見ていると気持ちが落ち着く…という変わった子供でした。
この本を初めて本屋さんで手に取った時も、レシピ本を手にするような軽い気持ちだったのですが、読んでいくうちに、妙に胸がざわざわとしていきました。好きな料理小説なのになぜだろうと思っていたのですが、読み終わったあと、その原因が「料理を提供する側の人」の気持ちになっていたからだということに気がつきました。単純に「食べる側」の人の気持ちなら、冒頭の問いも楽しく考えられます。しかし、もし自分がこの質問をされる人の家族で長年料理を作ってきていたとしたら…、評論家に評価されるシェフの側だとしたら…、これほどドキドキする質問はないでしょう。自分の作った料理が最後の晩餐に選ばれたら最高の名誉でしょうけどね。
ちなみにこの「至福の味」は、フランスの最優秀料理小説賞2000年度の受賞作品になったそうです。
料理を題材にした小説の中では、登場する料理の味や見た目などのイメージを、実際味わったかのように感じられるように、そのためにどのような表現するかが大切なポイントではないかなと思います。この作品の料理の表現はとても素晴らしく、最優秀料理小説賞を獲ったのも頷けます。
(文・野原こみち)