5年という時間

早坂 誠|2019年3月18日

昔から
茨城県に行くときはほとんどの場合2か所に限られてくる。
そのうちの一か所は20年以上さかのぼると、実に驚くほどの頻度で行ってたものだ。
とても今となっては信じられないことであるが、仕事を終えた深夜に車で出発して、
首都高速道路で走れることろまで運転をして
東関東自動車道路には乗らずに、下道の国道51号一本で霞ケ浦~北浦に向かうルート
での運転。
もちろん高速道路代金の節約なのだが、深夜で、信号の少なさもあって、夜中には、
北浦の湖畔に車を止めて、軽く睡眠をとる。
日が昇る前には決まった場所と決まった釣り方で、ブラックバスを釣る。
振り返ると、もともとは私が率先して始めたわけでもない。しかし幼いころから釣り
をする機会は幾度もあった。大きく影響を受けたのは
今は亡き叔父である。同じ区に住んでいたこともあって、良く釣りの話を聞かされて
いた。また、延べ竿を何の前触れもなくプレゼントしてくれたこともあった。
私の兄と二本分である。当時はうれしくて、釣りの本を読み、近くの運河へハゼ釣り
に行った思い出ははっきりとした記憶もある。
その後細々と機会を与えられては行くぐらいの趣味であったが、ある時、勤務先にお
客様として来た一人の男がいた。
車の販売営業の彼は、色々な生物が好きなこともあり、頻繁に来店。、年も近く話も
合ったのだろう。そのうち食事に出かけ、飲みに行き、釣りに誘われ、
いつの間にか、友人となった。
そんな彼のホームグラウンドが北浦であった。
強引さが売りの性格の友人は、私に少しでも時間があると、釣りに連れて行くこと
で、営業前のコンビニエンスでも入れるトイレの場所や、釣れないときのために
使う活エビの販売場所。広い北浦のスタート地点から、夕方に帰るころまでの確実な
ルートなど、多くの経験が蓄積されていった。
その経験の蓄積は、魚の生態・・・天候の影響や風の影響での釣り方から、各場所で
の釣り方。群れで水面を飛んでいるハクレン達。ここでの学びは数知れない。
さらには、護岸の仕組みや理由。人との出会い方。時折吹く猛烈な風。強い日差しと
コンクリートのからの熱、夕日の感覚と静けさ。
あの頃の経験がどれほど今の自分を創り上げてきたのだろと考えると、頭の毛が薄く
なり、体の横幅、奥行きがすっかり年を感じさせるが、今でもあの強引な性格は変わ
らない
友人に感謝しなくてはいけないのかもしれない。


その北浦に家族とぷらっと出かけた先日。橋の手前の無人のホテルはさらに朽ちた印
象はあるが、そこには変わらない多くの姿があった。
もっとも、今や特定外来生物のブラックバスの絶対数は確実に減少しているであろ
う。 そんな印象と思い出の中、
鹿島神宮では偶然にも3月9日の祭頭祭の日と重なったのだが、それよりも
・・・前回北浦に行った記憶は子供とルアーを投げる練習にと思い、写真に収めた日
を探すこと。五年前の3月15日。
時間の経過への驚きと、ある種の偶然と必然。 複雑な思いが残る。

writer ライター
早坂 誠
「水辺の動植物」の販売・管理・展示を行う
有限会社エイチツー 代表
ビオトープ計画・施工管理士
愛玩動物飼養管理士
観賞魚飼育管理士
著書「水草水槽のススメ」
関心事:音楽と生きもの。自家製梅干し。サンマの塩焼き。