幼き日の思い出

早坂 誠|2018年11月8日

私自身は東京生まれの東京育ちであるが、両親は宮城県仙台市出身。二人の実家の距
離は車で20~30分も走れば行き来できる距離の両家だが周りの景色にはかなりの
違いが有る。

父親の実家は駅を中心に地方の住宅地域の雰囲気があり、アスファルトで出来た規則
正しい街並み。一方母親の実家は長くの砂利道と、遠く離れたお隣さん。来るトラッ
クの行商のおじさん。

言葉で表すと当たり前の表現だが、東京のしかも工業地帯の中心で過ごしている子供
にはその環境こそがある意味では刺激が強い空間だと思う。

幼少のころから、盆と正月には東京を中心に点々としている親戚一同が集まる機会に
なり、9人兄弟の母親の実家にはその家を建てた大工の爺様に母親の兄弟とその子供
たちを

含めてにぎやかな帰省となることが多かった。小学生のころ私自身人見知りが強く、
楽しんで行きたい!!とは思うこともなく、気持ち的には多少沈んだ状態で新幹線や
叔父が運転する車に乗って向かった記憶が

所々鮮明に蘇る。怖い爺さんと玄関から歩いて20mほどの離れにある便所。さらに離
れのトイレがある空間にはゴミ箱風のバケツが二個置いてあり、

男の用足しはそこでするという場所。風呂は地下か、井戸水だったのか・・・水圧が
弱く水がたまるのも長い時間がかかる、多くの親戚が集まる場所。最後のほうに入る
風呂はある程度の汚れがあるのは当たり前。だれも気にせず緩やかな日々を過ごすこ
との日常。今だからの想いとしてこんなにも楽しい場所は少ないかもしれない。だか
ら集まってくるのだろう。

その叔父・叔母たちも年をとり、一人、また一人、母親を車に乗せて葬儀や納骨のた
めに仙台まで向かうことが理由になることの哀しさ。

以前過ごした家も建て替えられ、便所がトイレという雰囲気になり、水圧十分なシャ
ワーとお風呂。車を10分ほど走らせれば、コンビニはもちろん、大型のスーパーまで
点々と存在する。

私の昔の思い出と懐かしさは、ただのワガママなような気がしてくる。ただ、シワの
増えた叔父と話せた楽しいわずかな思い出から一年後にまたこうして来ることになっ
た。大げさではなく十数年来なかったこの土地にここ数年で幾度か来ることになった
ことは理由がどうであれ、従兄たちと楽しみたいと思った。「皆が集まって、お酒飲
んで楽しそうにしている姿を見るのが、何よりたのしいんだよー」と医者からの言葉
もあり、大好きなお酒もたばこも辞めた亡くなった叔父の言葉が今では深く心に残っ
ている。

お寺の住職さんを送り届けた帰り道。空には虹がかかっていた。建物などで途切れる
事のない虹。この景色はいつまで続くのだろう・・・。

writer ライター
早坂 誠
1971年東京都生まれ
ビオトープ施工2級・計画2級管理士
愛玩動物飼養管理士2級・観賞魚飼育管理士3級
芸術的な「水草レイアウト水槽」の製作/販売/
管理を中心に水辺の動植物全般を取扱う㈲エイチツー代表取締役/sensuous店長(渋谷区神山町)
最近の関心事: 音楽と生き物 サンマ ウメボシ。

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