防水バッグとの旅路 ― 道具に宿る物語

岡野伸行|2025年6月7日

私は昔から、道具に名前をつけたり、心を通わせたりする癖がある。
子どもの頃、大事にしていたぬいぐるみを捨てなければならなかった日、
袋の中で横たわるその姿が、まるで「なんで?」と問いかけているように見えて、
胸が締め付けられたのを今でもはっきりと覚えている。
何かを「モノ」としてではなく擬人化して見てしまう。
—それは大人になった今も、あまり変わっていない。

2017年、私はパタゴニア社のストームフロント・パックという防水バッグを購入した。
主に撮影や取材で使うカメラ機材を収納するためのバックパックで、
止水ジッパーと接着構造によって高い防水性を誇る。
雨の中でも、濡れた船の上でも、浜辺でも、私の大事な機材を守ってくれる。
仕事の相棒として、いつも背負っている存在だ。
ちなみにではあるが、いわゆる“カメラバッグ”ではないので緩衝材はない。
釣り場での撮影、昼休みの食事の時、私のパンやおにぎりは決まって潰れている。お察しいただきたい。

このバッグと6年以上も人生に寄り添っている。
もはやただの道具ではなく、いつのまにか“旅の相棒”のような存在になっていた。
東北の山の中で土砂降り。ずぶ濡れになりながら撮影をしたときも。
南の離島で、灼熱の太陽の下、機材を汗まみれで運び続けたときも。
震えながら氷点下の中、機材を抱えて黙々と歩いたあの冬の日も。
いつも背中には、このストームフロント・パックがあった。

最近になって、その接着部分が剥がれてきた。
細かい裂け目が増え、背負うたびに「そろそろ限界だよ」と、囁かれているような気がする。
けれど、簡単に手放す気にはなれない。
たとえ新品の防水バッグがすぐに手に入るとしても、このバッグが過ごしてきた旅の記憶、
風の音、海の匂い、そして私の汗と泥の痕跡を、新しいバッグは知らないからだ。

私は、道具を擬人化することによって、モノとの関係に物語が生まれると信じている。
そして、その物語が、モノを大切にする気持ちを育ててくれる。
大量生産・大量消費の時代において、「使い捨て」にしない感覚は、こうした感情から育つものではないだろうか。

私が所有するウェアやギアは、すべて「使うための道具」だ。
ファッションアイテムとしてではなく、現場で汚れ、擦り切れ、酷使される“作業着”として旅を共にしている。
パタゴニア社の「新品よりもずっといい」というキャッチコピー
これはすべてのアウトドア製品に当てはまるものだと思う。
企業の理念というよりは、ユーザー側の哲学。だと思っている。

使い込まれたギアには、持ち主の人生が滲み出る。
その傷や汚れは、単なる“劣化”ではない。
過ごした時間の証であり、記憶の刻まれたレイヤーなのだ。

ストームフロント・パックもまた、私の人生の一部だ。
まもなく引退を迎える。
そのときは、感謝の気持ちをこめてきちんと別れを告げようと思っている。
また、裁断して手作りで何かに形を変えてもらうかもしれない。

それまでの間、もう少しだけ、一緒に旅をしてほしい。

writer ライター

岡野伸行

岡野伸行

1977年広島県生まれ。さかな検定2級
西中国山地の麓で育ち、魚釣りが日常にある幼少期を過ごす。
大学では水産学を学び、魚が日常にある生活を送る。
大学卒業後は釣り番組の制作会社で、釣り人が日常にいる日々を過ごす。
2023年に独立し、H.I.T. FILMSの屋号で活動開始。
商業的ではなく作家性のある釣りの映像作品を制作。
釣りを人生で一周し、現在は冒険的なフライフィッシングを好み、
釣り旅のことばかりを考える毎日を送る。
H.I.T. FILMS
https:/hitifilms.jp
writer ライター
岡野伸行
1977年広島県生まれ。さかな検定2級
西中国山地の麓で育ち、魚釣りが日常にある幼少期を過ごす。
大学では水産学を学び、魚が日常にある生活を送る。
大学卒業後は釣り番組の制作会社で、釣り人が日常にいる日々を過ごす。
2023年に独立し、H.I.T. FILMSの屋号で活動開始。
商業的ではなく作家性のある釣りの映像作品を制作。
釣りを人生で一周し、現在は冒険的なフライフィッシングを好み、
釣り旅のことばかりを考える毎日を送る。
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