観光名所を巡る旅行は一度きりとなる場合が多いが“釣り旅”となると、同じ土地に何度も訪れることが多い。
釣れる魚や釣り場に引き寄せられることが多数だが、
土地の人たちとの出会いがそこに向かわせる魅力となることもある。
過日、奄美群島のとある島に釣り旅に出た。目的地は2箇所。
最初の島は奄美大島本島から船を乗り継いだ離島の離島。
ここは以前も宿泊したことがあり、島のお寺の和尚さんがご実家をゲストハウスとして貸し出している。
とてもリーズナブルで、何より戸建ての家なので広く使えて快適だ。
この島のこの集落は、人がいい。小さな商店があるのだが、そこに毎晩のように集落の人が集い、
酒を酌み交わす。都会で酒を飲むとなると“大騒ぎ”になりがちであるが、
ここは“コミュニケーション”としての酒の価値を教えてくれる。
19:30には解散する自主的なルールを徹底しているのだ。
深酒は時に喧嘩や蟠りのきっかけになるもの。
そこに住まう全ての顔を覚えられるような人数しか住民がいない小さな集落では、
酒がコミュニティーを分断することになりかねない。自治とは“自ら” “治める”ことに他ならず、
この集落の皆さんがコミュニティーを守るために築いたルール。
それぞれの仕事が終わり、少しずつ集まってくる。
もししばらく顔を見ない仲間がいると、心配になるだろう。
互いの健康や様子を伺うための大切な場所としての役割も担っているのだろう。
旅行者にもとても優しく、島の歴史や魚のこと海のこと、人生のこと、“生きる“ことの全てを教えてくれる。
そして島で獲れた新鮮な魚や、猪などをご馳走してくれる。
前回訪れてから3年ぶりの再会。皆さん元気で、今回もまた素晴らしい時間を過ごさせていただいた。
もう一つの目的地は、ここからさらに船で移動する“離島の離島の離島”。
島の間の海峡は潮の流れが恐ろしく早く時化やすい。ときに渡ることすらできない島。
ここも一度訪れたことがある。その時もその島に宿泊する予定だったのであるが、
のちの天候が悪化する予報で帰京できなくなる可能性があったてめ宿泊は諦め、日帰りでの釣りとなった。
今回の旅、実は最初の島で東京海洋大学を卒業したばかりの若者二人に出会った。
お金がないなりにも秘境へと釣り旅にでかける姿に、かつての自分を見ているようで嬉しかった。
そんな彼らを離島の離島の離島に行くか?と誘うと“行く”という。彼らは素泊まりで、夜通し釣りをするという。
そんな若者がいることが何より嬉しかった。
この島はかつて1000人もの住民がいたというが現在は50人ほど。
前回の旅の途中、偶然海で出会ったご婦人が今回の宿のおかみさん。
そして我々が最初にこのエリアに訪れた時の海上タクシーの船長が女将さんの息子さん。
いろんな人との繋がりに、とても縁を感じる旅でもある。
旅で出会う人たちから聞く島の歴史は、決して明るいものばかりではなかった。
戦時中の奄美群島では多くの若者たちが犠牲になった。
一時期ここは日本ではなかった時代もある。
沖縄、奄美は“内地”を守るために戦ったことを、内地から訪れる旅行者は忘れてはいけない。
今現在、島に住まう高齢者たちから見ると、
その若者たちは世代的に“少し先輩“であり私の世代から比べるとはるかに身近な話。
そんな先人たちの無念の思いの上に今の日本が存在する。
旅に出て孤島で出会う人たちとコミュニケーションをとり、互いの人生を重ねる。
それは私の釣り旅の大切な部分でもある。
今回の旅は釣りの方はさっぱりだった。
それでも最高の旅だった。島から島に渡り、さらに山道を2時間近く歩く。
自分たち以外、そこでフライロッドを振った人類はいないだろう場所でのフライフィッシング。
人類史上未到の地はなくとも、自分史上未踏の地は無限とも言える。
生まれたままの地球に立っていることそのものにとても幸せを感じる。
グーグルマップなどでおおよその地形を見ることができる。
ただ、そこに向かい、そこに立ったものにしか感じられない心の動きがある。
AIは社会構造を合理的にするために進歩してくれればいい。
個人は知識よりも体験を追求し、人間でなければ意味がないものに時間を使うことに幸せを感じてほしい。
一度きりの旅ではなく、それを繋げていく楽しさはこの上ない。
行ったことがないところへ行きたいという好奇心を抑えきれない私は、
最初の島の商店での夜に次回の旅で、かねてより行きたかった無人島への渡船を約束できた。
その時まで、お互いに元気に過ごしたい。
writer ライター
岡野伸行
西中国山地の麓で育ち、魚釣りが日常にある幼少期を過ごす。
大学では水産学を学び、魚が日常にある生活を送る。
大学卒業後は釣り番組の制作会社で、釣り人が日常にいる日々を過ごす。
2023年に独立し、H.I.T. FILMSの屋号で活動開始。
商業的ではなく作家性のある釣りの映像作品を制作。
釣りを人生で一周し、現在は冒険的なフライフィッシングを好み、
釣り旅のことばかりを考える毎日を送る。
H.I.T. FILMS
https:/hitifilms.jp