世界の終わりの最後の殺人
みじかい髪も 長い髪も 炎
平岡直子
本阿弥書店
以前も短歌を編んだ歌集を紹介したことはありましたが、今回は現代短歌に夢中になるきっかけになった一冊を紹介します。
短歌は、五・七・五・七・七、みそひともじの五句三十一音の短い詩ですが、五・七・五の俳句(川柳)の十七音よりは少し長く、季語の縛りもありません。国語の授業では、百人一首や万葉集、古今和歌集などの有名な古典の歌集に触れましたが、子供の頃は、その古い言葉のむずかしさにいまいちピンとこずに、古典の中では、まだわかりやすいものが多い俳句のほうが親しみやすいという気持ちがしていました。
そんな私が、はじめて現代短歌に触れて衝撃をうけたのは、間違いなく、俵万智さんの作品だったと思います。歌集「サラダ記念日」は、あの頃、同じように多くの人が、形に嵌まらないどこまでも自由な表現に、短歌のあたらしい面白さに気がついたのかもしれません。そのまま、その歌集のタイトルを引用した映画「男はつらいよ寅次郎サラダ記念日」を子供の頃に父といっしょに見て、これは本当に、あの百人一首と同じ短歌なの?と聞いた覚えがあります。十二単をきていなくても、現代を生きている人が、現代につかわれているわたしにもわかる言葉をそのまま使って、表現していいんだ。と、目が覚めるような気持ちになったことを思い出します。
それから再び、わたしが現代短歌を強く意識するようになるにはそれから二十数年の月日が流れます。
当時はまだTwitterでしたが今で言うXにて、様々な現代短歌が流れてくるbotが流行っていました。文字数制限がある中で練り上げられ、完成された詩的な文学は、私に光をみせてくれました。
正直、SNSは、目を背けたくなるような攻撃的な言葉の応酬や、制限があるゆえに言葉足らずから生まれる誤解や勘違いなど、負の部分も多くあると思います。少し、そういったSNSの暗い部分に疲れていたときに、作品として紡ぎ出された短歌に触れ、人間はこんなに面白くて美しいものを言葉を使って表現することもできるのだ、と改めて、言葉の持つ力に感動し、希望を感じることができました。
自分でも創作してみようと思い、不慣れながらも短歌を編み出すきっかけにもなった、歌人の平岡直子さんの歌集「みじかい髪も 長い髪も 炎」は、自分とも地続きの現実世界の中で、こんなにも表現豊かで鋭く、鮮烈に、日常を描くことができるのかと改めて短歌の面白さに気付かされた大好きな一冊。ただの一文字も無駄な文字はないと思える、理想郷のような歌集です。
(文・野原こみち)






