私の本棚からvol.33

優しい地獄 イリナ・グリゴレ

優しい地獄 
イリナ・グリゴレ
亜紀書房

 

 

 テレビをつけると、日本から遠く離れた国の戦争のニュースが毎日のように目に入ります。遠く離れた国に住む「誰か」の家が破壊され、「誰か」のたいせつな家族が傷つき、命を奪われたり、住む場所や着るものや食べるもの、生きるために必要なものまで失われている。
 そんな現実を、安全な家の安全な場所から見ている自分が、ときどきひどく情けなく、滑稽に思えるときがあります。
 生まれてから今まで住んでいた場所や、まわりの人たちから見聞きしたもの、食べてきたもの、昔話やおとぎ話として耳にし、そこから教えられた倫理観や、大切に思い、信じてきたもの。物理的にも心理的にも、今のわたしは、そういうもので形成されている、と感じています。同じ命でも、人生の中のどこかの瞬間が分かれ道となり、別の環境で別の経験を積み重ねていたのならば、きっと今と同じ自分にはならなかったのでしょう。
 ということは、日本人として日本で育ち、大人になったわたしの中には、この国の文化や風習が染み付いている。
 自分の目から世界を見ていると、別の国に生まれ育った「誰か」の日々の暮らし、とは、どういうことなのか。テレビの向こう側にいる「誰か」は、何千何万という死亡者遺族の中の1という数字なのではなく、もしもの世界の「私」として、捉えなければいけないはずなのに、それは簡単なことではない。
 本当の意味で、理解することはできなくても、遠く離れたどこかの国の文化や、そこに住む人たちの考え方が、どれほど自分と異なるのかということを、「知ろうとする」ことは、せめて続けていきたいと思っています。
 それは、今現在戦禍にある国だけではなく、ありとあらゆる、日本における「外国」のすべてについて、そう思います。
 別の国の文化を知り、認めようとする姿勢を持つことが、平和という大きなものへの、ほんとうに小さな一歩だと信じているから。

 今回の一冊は、母国ルーマニアから日本に留学し、移住した著者が、自身が学んだ日本語で書き綴ったエッセイ集。生まれ育ったルーマニアの思い出、風習や文化、母国に残した家族のこと。日本で経験した病、家族を持ち生まれた娘のこと。日々の暮らしの中から、2つの国が豊かな筆致で描き出されています。著者の視点から見た、ルーマニアと日本、両国の環境、体験談は、色鮮やかなおとぎ話のような、神聖な感動がありました。
(文・野原こみち)

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