キネマ放談 vol.5

アメリカン・アニマルズ(2017)

新しい服、入門書、楽器。
私たちが物を買う時、本当に行われているのは「物体そのもの」を所有することではなく、何かが変わればいいという願いである事が少なくない。しかしこれらは未来への希望であると同時に、後悔への片道切符になる危険性も孕んでいる。

多くの行動もまた、物を買う時と同じく自己実現、もしくはマーケティング会社の提案する理想へ近づきたいという願いに基づいている。
“ただ一つの過去”に対して私たちが抱く「もしあの時こうしていれば」という後悔は、ある種の存在しない枷のようなものだ。
この作品は「(別の)何者かになれたかもしれない」という一定の人々にかかった偏執を寛解させることはできないが、そこに抱く後悔をフェアな視点に押し戻すことは可能だろう。

「アメリカン・アニマルズ(2017)」は4人の大学生が1200万ドルの本を盗み出すという実際に起きた強盗事件を、本人たちのインタビューと当時を再現したスタイリッシュな映像を行き来しながら展開していく青春色の強いクライムドキュメンタリー映画です。
ドキュメンタリーを得意とするバート・レイトン監督がメガホンを取り、『聖なる鹿殺し』で一度見たら忘れられない少年を演じたバリー・コーガンが主演を務めます。
普通であることを忌みながら芸術家を目指すスペンサー(バリー・コーガン)、不良少年ウォーレン(エヴァン・ピーターズ)、FBIを目指すエリック(ジャレッド・アブラハムソン)、エリート一家の御曹司チャズ(ブレイク・ジェンナー)、周囲の期待と失望に曝され続けるこの4人は、閉塞感を感じる「普通の人生」から「特別な人生」に切り替えるための手段が必要でした。
そこで彼らは、まるでSNSのインフルエンサーのように仰々しく鳥類が描かれた「アメリカの鳥類」を、特別な人生に切り替えるためのアイテムとして追い求めます。
まさに『マトリックス』の赤いピルか青いピルを選ぶかのように、彼らもネオと同じく赤いピルを選んだのでした。しかしそこには『レザボア・ドッグス』『オーシャンズ11』などのクライムフィクションとはかけ離れた現実が横たわっています。
この作品では常にフィクションとリアル、理想と現実が(時に描かれないという仕方で)描かれているのです。

物語がフィクションでないことによって“全てを一変させるExtraordinary(並外れたこと)を選ばなかった私たちのオルタナティブ”として、本作は非常に説得力のある作品になっています。Extraordinary(並外れたこと)への憧れと恐怖の葛藤、その魅力に取り憑かれた私たちの暴力性が現実の物語として提示される恐ろしさは、フィクション作品の教訓では机上の空論のようになってしまいがちです。
実際に刑期を終えた本人たちに語らせることに、ドキュメンタリーとして制作する強い必然性を感じました。

THIS IS NOT BASED ON A TRUE STORY
THIS IS        A TRUE STORY

という本作の初めに挿入される文章が表すように、この作品は実話を基にしなければいけなかったし、一方で「特殊な彼らの物語」ではなく私たちの共通言語としてのフィクションでなければいけなかったのです。
SNSで多くの特別な他者を見続ける日本でも、自己実現への不安と葛藤を感じている人々や、青いピルを選んだ後悔に苛まれ続けている人々に受け入れられる作品ではないでしょうか。
本作はクライム映画というにはあまりにも不格好で、青春映画というにはあまりにもグロテスクなものですが、誰かの後悔や不安を少しだけ和らげられるような作品でした。

関根久無

オランダの造本や国内の書籍装幀が好きなデザイナーです。
『マローボーン家の掟』や『TRUE DETECTIVE Season1』などの、少し画面が暗めの洋画や洋ドラマが好きでよく観ています。マイブームであるメガネ集めは、似合う/似合わないよりも造形の格好良さが気になり始めたので、そろそろ身の危険を感じています。

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