私の本棚からvol.26

丹生津比売

丹生津比売 
梨木香歩作品集
新潮社

 

 

 心の中に鮮明に映像が浮かび、それをずっと忘れられない。物語に引き寄せられるように、自分の頭の中に映画のような映像が浮かぶ。
 本を読んでいると、時に、そんな状態になることがあります。特に物語に深く没入していると、登場人物の顔や姿、服装、その周りの風景までもが、自然と映像としてイメージできることがあり、その解像度が高ければ高いほど、読了後もずっと忘れられない物語になります。

 私が最近読んだ中で、とりわけ鮮明なイメージが残ったのが、梨木香歩さんの短編9篇が収録された作品集「丹生都比売」。
 梨木香歩さんの作品は、デビュー作の長編「西の魔女が死んだ」や、「家守綺譚」とその続編である「冬虫夏草」、「f植物園の巣穴」など、大好きな物語が多いのですが、短編を読むのはこれがはじめてでした。
 現実を歩いていたのに、いつの間にか不思議な世界に入っていた。私が梨木さんの作品に惹きつけられるのは、そんな経験をしてみたいと、子供の頃から思っているからでしょうか。作品の中で描かれる木々や植物、森などの情景描写がとてもイメージしやすいので、読んでいるとすぐに物語に夢中になって、頭の中の映像が流れ始めます。9篇の短編、どれも魅力的なのですが、特に印象的だったのが、「夏の朝」と、本の表題でもある「丹生津比売」でした。
 とくに「丹生津比売」は、壬申の乱を起こした大海人皇子(のちの天武天皇)の皇子のひとり、草壁皇子が主人公。飛鳥時代が舞台なのに、不思議にイメージが浮かびやすく、私の頭の中では映像となって場面があらわれました。草壁皇子が不思議な少女キサに導かれて、葎の生い茂る山に入っていくシーンは、壮大な吉野の山の静けさと足元から冷気がまとわりつくような感覚までも呼び起こして、その場にいるような没入感がありました。
 おそらく何年か経ったあとでも、ふとあの鮮明なイメージは心に残るのだろうと思います。そうやって思い出す物語は、ときどき、小説だったのか映画だったのかわからなくなることさえあります。
 良質な物語は、鮮明なイマジネーションを呼び起こしてくれるもの。自分の想像力の幅を広げてくれるような本との出会いと経験は、読書の醍醐味だと思います。
 

(文・野原こみち)

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