太古の昔、人間は他の動物と同じ生存戦略によって個が集まり群れとなった。
群れはやがて目的を持つ集団になり、集団はそれらを運用する社会となる。
フラクタルのように連なるこの世界は、そのすべてが掟によって成立する。
「汝、斯くなり」という世界の声と「汝、斯くなり」という自己の声とがせめぎ合い、時に同調しながら個や集団、社会はその存在を強固にしていく。
その声こそ、本作の邦題にもなっている「掟」だ。
家族が「掟」を必要とするのではなく「掟」によって家族は成立するのだ。
『マローボーン家の掟(2017)』はイギリスからアメリカの田舎町の屋敷へ移住してきた4兄妹が、兄妹で定めたルールを守りながら、不穏な秘密を抱えた屋敷で暮らしていくゴシックホラー映画です。
ホラー映画の1ジャンルであるルール系ホラー(不穏な禁忌や規則が設定してあり、それを犯す事で危険に巻き込まれる作品)という印象を煽る予告やポスターですが、それよりもヒューマンドラマに近く、ルール系ホラーファンは予想と少し違い、ヒューマンドラマファンは予告が怖くて観ないという少し不憫なポジションに属している作品でもあります。
とはいえ、この作品がホラー映画として劣るというわけではなく、本作の監督セルヒオ・G・サンチェス氏が脚本を努めた『永遠のこどもたち』から通ずる幽霊へのまなざしが強く感じられるゴースト・ストーリーとなっています。
ゴシックホラー/ゴースト・ストーリーにおいて多くの場合、怪物や幽霊はただ主人公を怖がらせる舞台装置としてでは無く、肉声やその出自を強く意識させる存在である事が多いのです。
本作の要となる「掟」は禁忌として押し付けられる外部からの掟ではなく、屋敷に影を落とす幽霊や当時のアメリカの法律から兄妹を守る為に自ら作った掟です。
作品の序盤で何者かから逃れ、アメリカの田舎町にある母の生家「マローボーン屋敷」へ移住した母と4兄妹は「マローボーン家」と母の旧姓を名乗り、「私たちの物語はここから始まる」と儀式めいた宣言をします。程なくして母は病で倒れてしまい、残された4兄妹は長兄が成人するまで母の死を世間に隠しながら屋敷の幽霊へ抗っていくことになる、というのが本作のイントロなのですが、ここで規定される掟は今にも瓦解しそうな家族を再び成立させる掟であると同時に、外部の掟に飲み込まれないセーフゾーンとして描かれており、物語後半で明かされる屋敷の秘密と密接に関係してきます。
ゴースト・ストーリーをただ物悲しいルーツをもつ超常現象の話としてではなく、その存在や私たちの世界との関係性、ひいては個と社会の関係まで描いている作品のように感じました。
関根久無
オランダの造本や国内の書籍装幀が好きなデザイナーです。
『マローボーン家の掟』や『TRUE DETECTIVE Season1』などの、少し画面が暗めの洋画や洋ドラマが好きでよく観ています。マイブームであるメガネ集めは、似合う/似合わないよりも造形の格好良さが気になり始めたので、そろそろ身の危険を感じています。