キネマ放談 vol.1

ROMA/ローマ(2018)

「よく分からないけれど、分かる映画」に出会ったことはあるでしょうか?
絵画や音楽では、そういった感覚的なメッセージの受容というのは比較的広く認知されていると思いますが、こと映画に関しては、途端に脚本や伏線へと作品を解体し、正解へと辿り着かなければいけないというような不安を感じている人が多いように思います。それほど「ストーリー」という要素は力強いものなのでしょう。
私が初めて「映画の言語」というのを体感したのは『アンカット・ダイヤモンド(2019)』という映画でした。破滅的な行為を繰り返す宝石商を演じるアダム・サンドラーの、常に相手を値踏みするような薄ら笑い、サイケな音楽、そして貴金属の輝きと店内の雑音。映像から音楽、脚本に至るまで、それらすべてが一体となり、私に向かって何かを語りかけてきたのを覚えています。

当時私が名前を付けられなかったこの感覚を、『トゥモロー・ワールド(2006)』や『ゼロ・グラビティ(2013)』で知られるアルフォンソ・キュアロン監督は「映画の言語」(the cinematic language)とインタビュー内で呼んでいます。この、文字よりも原始的で感覚的な伝達方法と言える「映画の言語」を紐解いていくと、普段私たちが観ている多くの作品が、『アンカット・ダイヤモンド(2019)』や『ムーン・ライト(2016)』のように、「観客が体験していない感覚や感情を映画という媒体で再現する」という共感を頼りにした、主観的なアプローチに分類されるように思います。
では客観的なアプローチで作られた作品とはどういったものか?「映画の言語」を強く意識して制作された『ROMA/ローマ(2018)』はまさに客観的なアプローチの作品でした。

2018年に公開された『ROMA/ローマ』はNetflix出資の元、水を使ったシーンが印象的なアルフォンソ・キュアロン監督によって制作されたヒューマンドラマです。監督の幼少期の記憶をなぞった半自伝的な作品であり、当時の監督と心を通じあわせていた家政婦をモデルに据える事によって、幼いが故の主観性によって「見えなかった」家政婦の人生を、時に冷たいと感じるほどの客観性をもって鮮明に可視化しています。画面いっぱいに床のタイルを写した5分にも渡るオープニングシーケンスが終わると、主観から客観への移行を宣言するかのようにカメラが引いていき、それ以降は私たちが1970年スペインのとある家政婦の記憶の中へと誘われたかのような錯覚を感じるほど、長回しのロングショットが徹底されます。

ここで行われているのは「事実の再現」であり、わざわざモノクロの65mmデジタルカメラでピントが合わない箇所を排除しているのも、その手段に合っているからでしょう。この作品では幸せな日常も悲惨な事件も、すべてが過去に起きた事実として遠くから眺められています。私たち観客は主人公クレオの心の声を聞くことも、悲しむ顔を見ることもできず、社会を始めとする大小様々な共同体の中で彼女が絞り出す言葉と、何かを秘めた表情を窺うことしか許されないのです。では彼女について観客は理解できないのか?というと、もちろんそんな事はありません。私たちは現実と同じやりかたで、眼の前で生まれる孤独や痛み、喜びを、たとえ客観的であったとしても、自らの経験と理解を用いて、他者のメッセージとして受け取ることができるのです。本作を観ていると、それこそが自然な伝達であり、私たちが唯一他者と何かを共有できる手段なのではないかとすら思えてきます。

フィクション作品に対して近年よく見られる「脚本を知る」事にフォーカスした姿勢では、本作は作為的な要素の少ない、意図の分からない作品に映ってしまうかもしれません。さらに言えば、一般的にコミュニケーションと聞いた時に想起するのは、体験や感情を表現するという主観的なアプローチの作品なのかもしれません。しかし私には、観た人々の存在によって完成されるというインタラクティブな本作の試みが、ことばに解体した途端に劣化してしまう映画の在り方、そして監督と視聴者の関係として理想的で開かれているように感じられました。

「映画の言語」から多くのものを削ぎ落とし、文章に起こしてみましたが、ここで語ったような言語化できるものというのは、この作品のほんの一部にすぎません。モノクロの画面の中でバレエのように舞い踊るキャストと、文明からではなく自然からの眼差しで捉え直した社会(共同体)を力強く描いた本作を、ぜひ一度ご覧ください。

関根久無

オランダの造本や国内の書籍装幀が好きなデザイナーです。
『マローボーン家の掟』や『TRUE DETECTIVE Season1』などの、少し画面が暗めの洋画や洋ドラマが好きでよく観ています。マイブームであるメガネ集めは、似合う/似合わないよりも造形の格好良さが気になり始めたので、そろそろ身の危険を感じています。

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