「木遣り」と聞いて内容がわかる方はどれ程いらっしゃるだろうか?
そういう私も、全く知らなかった。
「木遣り」とは江戸時代から続く「労働歌」。ここ深川で木場の筏師(イカダシ)が、大きな丸太を堀内から陸(おか)にあげる際に、みんなの気合いを合わせるための掛け声として発生したもの。号頭(ごうがしら)の掛け声とともに丸太を引き揚げる曳手が号頭に続き即興で声を合わせたものらしい。
今回の上品人生劇場は、その木遣りを後世に伝えるべく、保存会の会長である石橋さんをご紹介する。
「え~のったぁ、ようい~と」「え~よん、い~よん、い~え~」「よお、うんやぁ~」掛け声とともに、一同丸太を曳き揚げる。川並(木場の筏師のことをそう呼ぶ)、チーム結集の技だ。
その掛け声の間や抑揚などは、丸太の大きさ(大間、中間、早間)によって異なったり、遣り声をかける人によっても異なるらしい。要は決まりがない。決まった楽譜もない。よって江戸時代から今日においてその変化ゆえ原形は定かではないそうだ。
石橋さんは18歳で川並になられ、引退まで40年、その道一筋。高度経済成長の折、昭和初期まで桟どり(角材を井桁に積み上げる仕事)をされていた。
昭和60年代になって仕事が減少し、川並の方々は職場を離れそれぞれ別の仕事に着かれたようだ。徐々に「木遣り」はその存在が危ぶまれることになる。
そんな中、「木場木遣保存会」が結成され、平成7年には東京都民俗無形文化財の指定を受け、今に至る。石橋さんはその「木場木遣り保存会」の3代目(継承8代目)の会長さんである。今では保存会の活動として、年始恒例の木場の材木商の賀詞交換会をはじめ年50回ほどお祝いの席に呼ばれ、「木遣り」を披露される。石橋さんにお話しを伺った数日後も深川の「花まつり」の催しでご披露された。
そんな生粋の下町深川っ子の石橋さんに「粋(いき)」とは、何ですか?と聞いてみた。
粋とは、「思いやり」と「気配り」です、と柔らかな表情でそうお答えになった。まさに「お・も・て・な・し」の精神そのものなのだ。
粋な「木遣り」の労働歌の原点は、裏を返せば、思いやりと気配り。考えてみれば、集団が一体になるにはかかせないフォア・ザ・ピープル、フォア・ザ・チームの精神だ。
民俗無形文化財とは、伝統的なニッポン気質の継承に他ならない。
それを後世に伝える石橋さんこそ、ニッポンの魂そのものだ。