深川富岡、成田山深川不動堂のほど近くに構える江戸前鮨の「三ツ木」。
今回は山本一力「銀シャリ」のモデルとなった「三ツ木」の大将、三ツ木新吉さんをご紹介。大将は六十七歳。生まれは上野、中学一年の時から家業の鮨屋を手伝い、二十二歳で奥様の実家であったこの地で店を出し、以来四十五年間鮨を握る。著名人や政治家、大企業の重役クラスが訪れる江戸前鮨の名店として有名である一方、大将にはもうひとつの顔がある。和竿師、新治。鮨屋を営む傍ら、船宿が近くにあったことで釣りに没頭、趣味の釣りがこうじて竿作りに入魂、「竿治」で習われ竿師「新治」の名を貰われたそうだ。店内には大将作製の見事な竿が壁に整然と一文字で掛かる。家業の鮨職人のつかの間の休息時間に竿師としてその製作に没頭されるとのこと。
特に漆を塗る工程は冬なら十一時間、念入りな作業がうかがえる。大将にとっては鮨も竿も真心込めてつくられる作品。
家業も趣味も同様だ。
人生哲学は何ですか?の質問に、「全て基本、基本が大事。喋り方、食事の仕方、店で言えば掃除、全ては基本」とすぐさま応えられた。竹を割ったような性格、偏屈者が周囲の大将の評価らしいが、実直さと優しさがその表情や言葉じりから溢れ出る。
四十五年間付き添われた奥様を二年前に亡くされ、ご本人も四年前に癌が発見されながらも回復されたのこと。それでも人生は素晴らしいと(少し奥様のことを思い出されたのか)僅かな涙目で穏やかに話されるその姿は、粋でカッコいい。こんな上品な大将の握る鮨とその空間が、鮨屋の粋ってもん、に違いない。
※「三ツ木」江東区富岡1-13-13 電話 03-3641-2863