パロル舎
人に本を贈るとしたら、どんなものが良いだろう、と時々楽しい思案を巡らせることがあります。
読書家で普段から本にたくさん触れている友人には、好きな本を事前にリサーチしておいて、これならきっと喜ばれるだろうと確信できる、特別な一冊を探してみる。そんな、自分で勝手に本コンセルジュになったつもりの時間は、とても楽しいものです。
しかし、あまり本に触れている経験がない人へ、と想定するとこれはたちまち難問になります。通常そういう方へは、本ではないものを贈り物に選ぶことが多いのですが、私が本が好きなことを知っていて、活字は苦手だけど、本がある生活にも憧れがあるんだよね、そんなふうに相談されることも時々あるのです。なぜか、そういう難問を与えてもらった時の方が、心のどこかが燃え上がるような気がします。私の贈る一冊から、どんどん本を読むのが好きになってくれたら、こんなに素晴らしいことはないと思うからです。
そんなふうに、あまり文字を読むのが得意ではない友人に本を贈るとしたら…というテーマで、今回は一冊を選んでみる事にしました。熟思塾考の結果、選んだのがこの一冊。
萩原朔太郎は言わずと知れた近代の詩人ですが、画の金井田英津子さんは版画家で、多くの版画作品を発表する傍ら、本の装丁や挿画を手がけている方です。この萩原朔太郎の「猫町」の他にも、夏目漱石の「夢十夜」、内田百閒の「冥途」など、日本の近代文学の名作に、幻想的で緻密な不思議な味わいのある挿画を添え、独特の書籍に仕立てています。挿画といっても、ほぼ全ページに渡り、絵が入っているので、いわば大人向けの絵本と言った方が正しいのかもしれません。「猫町」「夢十夜」「冥途」とくれば、読了済の方はピンとくるでしょう。その三作とも共通しているのは、現実と虚構の境目で(しかも虚構の色合いの方が深いバランスで)一種異様な世界に足を踏み入れてしまったような雰囲気です。
その作品の独特の空気をまさにそのまま落とし込んだような挿画は実に見応えがあり、近代の文人らの重厚な文体と見事に釣り合っています。謎めいていて、奇妙で、美しいのにその裏にちょっとした怖さも孕んでいるような、そんな世界が頁を捲るたびに目に飛び込んできます。
どこかミステリアスな人に惹かれているように、モダンな美しさの影に潜む棘を感じてもらえた方が、本好きが住まうこちらの世界に引き込めるような、そんな気がするのです。
(文・野原こみち)