市谷の杜 本と活字館を訪ねて

江戸建物探訪


 

総武線の市ヶ谷駅から北側にしばらく歩いた先に、大日本印刷の大きな建物があります。その横にクリーム色の時計台とともに見えてくるのが今回ご紹介する「市谷の杜 本と活字館」です。ここは、デジタル技術が主流となった現代では少数派の印刷手法となった活版印刷について知ることができる貴重な本づくりの文化施設です。
今回は、大日本印刷株式会社コーポレートアーカイブ室館長の飯島さんに、施設について紹介していただきました。

 

市谷の杜 本と活字館とは
ここ市谷の地に印刷工場が造られたのは1886(明治19)年。当時は、秀英舎という名称で主に書籍や雑誌の印刷を生業としていました。大日本印刷になるのは、秀英舎と日清印刷が合併した1935(昭和10)年のことです。
この建物は1926(大正15)年に建てられました。市谷工場に隣接し、2016(平成26)年まで社屋として使用され、社員たちからは時計台という愛称で親しまれてきました。
21世紀に入り、印刷技術も次第にデジタル化していく中、再開発による市谷工場整備の一環で、書籍や雑誌の大量印刷に用いる大型機械を郊外の工場に移設することになりました。
それに伴い、会社の礎となるこの地区に緑地「市谷の杜」を整えるとともに、長年社員に愛されてきた「時計台」の社屋を文化施設として社外に公開し、出版印刷の象徴として新たな形で活用することにしました。

1940(昭和15)年の市谷工場正門です。社員から「時計台」と呼ばれ、親しまれていました。

 

印刷技術のデジタル化が進んだ現代では、活版印刷はほとんどみられなくなってきました。印刷技術の原点を知ることができる貴重な施設です。

創建された大正時代当時の姿を復原させたため、内装も時代を感じさせる意匠が施されています

 
 

一階 印刷の原点である活版印刷と本作りの技術が学べる
施設に入ってすぐに目に入るのが、活字の棚(ウマ)がずらりと並ぶ「印刷所」。ここはかつての印刷工場の風景を一部再現しています。文字の原図を描くところから、活字の「母型」を彫り、活字を鋳造し、版を組んで印刷・製本するまでの一連の作業を見ることができます。
「印刷所」では、毎日、職人が活字を拾って、印刷機を回します。今ではなかなか見ることができなくなった活版印刷の作業風景です。

「本と活字館」1階の印刷所の様子

活版印刷では今のデジタルの印刷技術にはない工程がいくつもあります。棚(ウマ)から、原稿に合わせて活字を拾う工程「文選」。この手間のかかる作業も当然職人の仕事のひとつです。職人は活字の配置を記憶しているため、原稿を読みながら素早く拾うことができます。

「市谷の杜 本と活字館」がつたえる活版印刷は、印刷の古い技法ですが、施設のあちこちには最新の展示技術が使われています。通路奥のテーブルに置かれているのは印刷・製本に使う道具類を解説する装置。キューブをセンサーに合わせると、モニターに情報が表示され、道具類の使い方を知ることができます。
また、職人の気持ちになって活字の棚から文字を探す「文選」の作業を体験することもできます。棚の前に設置された透明のタッチパネルで表示される文字を棚から探し、正解の場所をタッチする仕組みです。こちらはゲーム感覚で楽しみながら体験できます。

活版印刷にまつわる道具がかかれたキューブをセンサーに合わせると、モニターに情報が表示されます。

ゲーム感覚で棚から活字を見つける「文選」にチャレンジ。

 
 

二階 印刷と本作りを実際に体験できる設備が充実
奥の階段から二階に上がると、展示室と制作室があります。
展示室では活字と本作りに関連する企画展を開催する小スペースになっています。
身の回りにある本や雑誌がどのような背景でつくられているのか、そのノウハウはどのような場面に応用されているか、など、さまざまな切り口で本づくりのプロセスや技術を紹介しています。
ここでも展示方法に様々なアイディアが施されていて、大人から子供まで楽しみながら、印刷にまつわる知識を得ることができます。

制作室は、実際に来館者の方自らが、印刷と本づくりを体験できる場所です。卓上活版印刷機やリソグラフ、レーザーカッターなど、いろいろな機器を利用して、オリジナルの印刷物を作ることができます。来館記念カードの活版印刷や、ノートの製本など、初心者でも気軽に楽しむことができる内容も用意しています。
また、専門クリエイターを招いた印刷・製本ワークショップやトークショーなど、印刷や本づくりに関する知識を深められるイベントも開催します。


 


企画展「秀英体111 秀英体ってどんな形?」開催中
会期:2021年11月11日(木)~2022年02月27日(日)
大日本印刷は前身である秀英舎の時代から100年以上にわたって、オリジナル書体「秀英体」の開発を続けています。もともと活字書体として生まれた秀英体、活字の大きさや時代のニーズに合わせた豊富なバリエーションが特徴で、活字書体がひととおり完成してから来年で111年を数えます。
気骨ある迫力の初号、流麗で繊細な三号、現在の秀英明朝の原型となった明るく落ち着いた四号、などと表されていますが、実際、秀英体と数多あるほかの書体とは何が違うのでしょう。秀英体の魅力とは何なのでしょう。本展では数あるバリエーションの中から、秀英体を代表する本文用の「秀英明朝」と見出し用の「初号明朝」の形に注目します。
*詳細はオフィシャルサイトにてご覧ください。
https://ichigaya-letterpress.jp/

 

市谷の杜 本と活字館から上品倶楽部読者の皆さまへ
かつて本や雑誌の印刷と言えば「活字」による活版印刷が主流でありましたが、現在ではコンピューターを用いた作業に殆ど置き換わり、「活字」が出版印刷で使用されるケースはほぼ無くなりました。
当館では、当時行われていた「活字」による「本づくり」のプロセスご紹介しながら、1冊の本を製造するために駆使されていた古の印刷技術や職人たちの熟練した技法をご覧になっていただき、現代に繋がる印刷の奥深さを体感していただきたいと思っております。

 

編集後記
すっきりと晴れて気持ち良い日に、「市谷の杜 本と活字館」を取材させていただきました。青空に映えるクリーム色の建物とお隣の大日本印刷の立派なビルの対比を見ながら、現在の印刷に携わる社員の方々が、いかに創業の技術と当時の職人たちに敬意を払っているかということを感じることができました。
活版印刷の時代の技術を知ることで、今の私たちが恩恵に与かっている出版文化が、古き時代を支えた数々の智慧と技術、そして懸命に働き、支えた人たちのおかげで成り立っているのだということを学ぶことができるのではないかと思います。
難しいことは抜きにしても、純粋に本や雑誌、広告などの印刷物に興味がある方にとっては、一日中いても飽きない楽しい施設だと思います。
皆様もぜひ一度、足を運んでみてください。

 


市谷の杜 本と活字館

<アクセス>
・東京メトロ 南北線・有楽町線 市ケ谷駅 6番出口より 徒歩10分
・JR市ケ谷駅より 徒歩15分
・都営地下鉄新宿線 市ヶ谷駅 1番出口より 徒歩15分
・都営地下鉄大江戸線 牛込神楽坂駅 A1出口より 徒歩10分

〒162-8001
東京都新宿区市谷加賀町1-1-1
電話:03-6386-0555
開館時間:平日 11:30~20:00、土日祝 10:00~18:00
休館:月曜・火曜(祝日の場合は開館)
完全予約制、入場無料

WEBサイト: https://ichigaya-letterpress.jp/

 

 

CATEGORY

TAGS

食卓に輝く太陽のようなお皿 Sunshine Drape サンシャインドレープ 東和ソレイユ×上品倶楽部の美味しいギフトセット
Life with Records chaabee イベント情報