私の本棚からvol.17

余生と厭世/ アネ・カトリーネ・ボーマン 木村由利子 訳


余生と厭世/アネ・カトリーネ・ボーマン 木村由利子 訳
早川書房

 

 

 ストーリー性があるものというのは人を惹きつけるパワーがあるそうです。なかなか気軽に外に買い物にも行けないこんなご時世、家にいるままで欲しいものが注文できるオンラインショップは、いまや老若男女、多くの人が利用するところとなりましたが、よく売れる商品の一つとして、「ストーリー性がある」という傾向があるそうです。
 そもそも小説やら物語やら、ありとあらゆるストーリーがあるものが好きな私は、そういうものに惹きつけられてしまっているのには間違いなく、日々生活する上で触れるなんでもないものにもストーリーを想像してしまいます。例えば、普段良く会うけれど必要最低限の会話しかしない人が、一体どんな生活をして、どんな趣味を持ち、どんな楽しみを心に抱いているのだろうと想像してしまうこともあります。
 コンビニのレジのお姉さん、薬局の薬剤師さん、宅配便配達のおじさん。私が目にしている姿は、その人の生活のほんの一瞬でしかありません。家に帰れば家族があり、友達と連絡をとりあったり、休みの日には気分転換に好きな場所に出かけているはず。
 そう考えると、人はストーリーそのもの。どんな人でも、その人生は数冊の小説になるほど様々なストーリーがあるのでしょう。

 この本の主人公は、精神科医の先生です。様々なことを悩み、苦しんでいる人をカウンセリングすることを長年仕事としていましたが、その実、この先生自身が孤独な思いを抱え、自分の人生に疑問を持っています。
 語り口自体は茫洋としているようでいて、主観的なひとりの人間の人生の環世界として、非常に現実的な物語だと感じました。学生生活を終え、大人になり、何らかの職務につき、やがてそれが慣れる頃には、ふと気がつけば自分の人生が退屈な毎日のように感じられる・・・そんな経験は決して珍しいことではないと思うのです。
 著者はコペンハーゲンの作家で、臨床心理士。主人公の職業は、精神科医ですから、物語の中核を担う場面の多くには、著者の経験や視点が織り交ぜられているのかもしれないと推測できます。
 主観と客観で人生観が全く変わるように、それが自分の人生であっても、何かの小さなきっかけから、ある日突然全く違う人生に変化することもあります。
 もしかしたら、幸せというものは、心のもちようで見えたり見えなかったりするものなのかも知れません。
(文・野原こみち)