私の本棚から

水声〜Suisei〜

水声〜Suisei〜
水声〜Suisei〜/川上弘美/早川書房

川上弘美さんは、わたしにとって多分とても相性の良い作家さんなんだと思います。
作品それぞれの内容の面白さもさることながら、川上さんが紡ぎ出す言葉たちの、その絶妙なバランスの良さ。ひとつひとつの文章の端から端まで、すべてまろやかで喉ごしの良い水のように、静かにゆっくり、じんわりと、身体中に染み入ってくるような、新しい作品を読むたびにそんな印象を受けます。
しかし、それはあくまでもわたしの主観的な感想であって、すべての人にそう受け止められるわけではないと思います。文章を読んで、好ましいと思う気持ちも、読み手の人それぞれに千差万別なので、「自分と相性の良い作家」を見つけ出す、というのも、本を読む楽しみのひとつだろうと思います。
というのも、川上さんの多くの作品の主人公は、どんな特殊な状況の中にいても、どこか流れに身を任せているというか、良い意味で従順な人が多く、その主人公のさらり・するりとした受け止め方が川上作品の魅力のひとつであると常々わたしは考えていました。
しかし、この『水声』の主人公の都(みやこ)は、なにかに必死に抗いながらも、それをまわりに悟らせないよう生きているように感じ、物語の序盤から「おっと、これは…いつもと違うかも」と感じました。

人が何を好むか、ということが千差万別なように、家族という生まれてから一番最初に所属する“人の輪“も千差万別で、しかも他人の家の輪の中まではよく見えない。
この物語を読むことで、わたしは想像の中で都になり、今とは別の家族の中に入ることができました。
自分の人生には起こり得なかったことを疑似体験するように想像することで、「どんな相手を愛するか/愛さないか」という見えないラインも曖昧になり、自分の中にあった常識が覆るような気がしました。少なくとも、全く別の人の人生で、その人がどんな人を愛するかなどということは、現在の自分の倫理観や、常識の上だけで捉え、否定することなどできないだろう。
そんなことを思いました。

この本の帯には「人生の最も謎めいた部分に迫る長編小説」という言葉がありましたが、本当に、人の深く難しい謎めいた部分に触れられた気がしました。私ではない別の人がどう感じるか、それもとても興味があります。(文・野原こみち)