私の本棚からvol.10

飛ぶ孔雀/山尾悠子


飛ぶ孔雀/山尾悠子

文藝春秋

 

 

 この「私の本棚」のここ二・三回は、普段読書と縁遠いという人にも受け入れていただけるような本を、という気持ちで私の好きな本を紹介させてもらいました。しかし、今回はあえて真逆な『通好み』の一冊をあげることにしました。
 山尾悠子という作家は、幻想文学が好きな方には、良く知られていると思います。澁澤龍彦や前衛短歌の歌人として著名な塚本邦雄に影響を受け、大学在学中から小説を執筆していましたが、結婚や育児のために、十数年作品を発表しない期間がありました。その影響もあってのことか、伝説的な作家として、幻想小説を愛する人々の中で熱烈に指示をされ続けます。そして、2018年に発表したこの長編小説は、泉鏡花文学賞を始め、いくつかの賞を受賞しました。
 私自身、本当に大好きな作家であるため、いつかこの場でも紹介したいと思ってはいたのですが、その作品、どれをとっても「すんなりと、読みやすい」とは言えない難解な作品ばかりなので、どのように紹介するべきか、と悩み続けていました。
 しかし、読書を愛し、多く本に触れ続けている方で、もしまだこの作家の描く世界に触れていない方がいたとしたら、ぜひ読んでいただきたい。山尾作品の何が魅力か、素晴らしいのかと一言で言い表すならば、こういう表現をするしかないのです。
 「知らない世界に触れることができる」
 難解な作品に挑むことは、自らを支えている知識や理解力を発揮する機会でもあると思いますが、何よりも想像力を試されるということが大きいと思います。人間の持つ『思考』の力というのは不思議なもので、『この世にあるはずのないものを思考の中でならば存在させることができる』のです。フィクションの一番の魅力は、人間を人間たらしめている『思考』の力を最大限に駆使して、見たこともない世界を構築し、そこに人をいざなえることだと思います。
 言葉というものは、それを聞いたり読んだりして、受け取る側の人間は、自らの経験や記憶や知識の中から当てはめて何かを理解することになりますが、時に、言葉が形容する何かから、『そこに書かれていないこと』までもを、連想して思い描いてしまうことが起こり得ます。
 自分の価値観、自分の中にある常識、自分の中にある「普通」の基準、現実に生きるために「私」を支えているもの、すべてが揺らぎ、曖昧になるような世界。電車や飛行機や船に乗り込んでも決して訪れることのできない世界が、この本の中には広がっています。

(文・野原こみち)