積ん読の妙

野原こみち|2019年7月4日

積ん読(つんどく)という言葉は、なかなか他の国の言葉に翻訳できないという話はたびたび耳にしたことがありますが、TSUNDOKUが他の国でも注目される言葉になったということは、買ってはみたもののなかなか読むに至らない本に囲まれている人は、日本以外にもたくさんいるようです。
基本的に本が好きな人は、自分が読める量よりも多くの本を手にとろうとする習性があるような気がします。
「読むべきタイミング」がくるまで寝かせておくというのも、不精なだけではなく、意味があることだと私は思っています。
本というのは不思議なもので、なぜか「今欲しい智慧」を抜群のタイミングで教えてくれることがあります。
古本屋で買ってから数年本棚で寝かせていた本を、なぜか突然読まねば!とピンときたときに読むと、そのときに必要としていた情報や、そのときの自分の悩みや感情に不思議と重なることが多いのです。
本のセレンディピティに恵まれるというのでしょうか。
しかし、本が好きな人にこのようなことを話すと、同意されることも多いので、私だけに起こることではないのだろうと思っています。
そして、いつも私の周りには既読の本も未読の本も混ぜこぜに積まれています。
ただ、読みたい本がすぐそこにあることが、直接的に明日も生きようと思う力に変わる気がしています。
読むまで死ねない、と思う本がたくさんあるって、きっと幸せなことなんでしょうね。

writer ライター
野原こみち
熱しやすく冷めやすく、興味の対象が移ろい易い性格ですが、小さな頃から本だけはずっと手放せません。古本屋は、多くのお店を巡るよりも、贔屓のお店に徹底的に通いつめる派。新刊を扱うお店も同じく。図書館は居心地重視。最近は南米の文学作品、幻想小説を偏愛気味です。