ふたつの後悔

野原こみち|2019年4月1日

時はまもなく平成から新しい年号へと変わろうとしていますが、なぜか今、家人とともに昭和の映画をたくさん観ています。
私は、父が大の寅さん好きだったこともあり、子供の頃「男はつらいよ」全48作を代わる代わる何度も観て過ごしていたため、いまだに寅さんを観ると、実家にいるときのように安らいだ気持ちになります。
その中でも、特に好きな作品のひとつ、第17作目の「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」。寅さんファンの方と話す機会があると必ず話すくらいの名作中の名作です。寅さん好きでこの作品を評価しない人に私は会ったことがありません。
なにも考えずに観ても、マドンナの太地喜和子の底抜けに明るくて情が深い芸者ぼたんと、寅さんの掛け合いが最高で、観た後にはスカッと楽しい気持ちになるので最高なのですが、個人的に一番好きなシーンは、実は寅さんもマドンナも出てこないシーンです。
ひょんなことから寅さんが知り合った、日本でも有名な画家の大先生を宇野重吉が演じているのですが、その大先生が昔知り合いだった女性(岡田嘉子)に会いに行くというシーンがあります。映画の中でみたらほんの少しのシーンです。その女性がどんな人で、ふたりがどんな関係であったのかは、短く交わされる会話から推測するしかありません。しかし、ふたりは懐かしそうに挨拶をしあったあと、非常に印象的な会話をします。僕はあなたの人生に責任がある、後悔しているんだ、とつぶやく大先生に、女性はこんな言葉を返します。

「じゃあ仮にですよ、あなたがもうひとつの生き方をなさっていたとしたら、ちっとも後悔しなかったと言い切れますか?」
「人生には後悔はつきものなんじゃないかしらって。あーすりゃよかったなあ、という後悔と、もう一つは、どうしてあんなことしてしまったんだろう…、という後悔。」

人は、より良く生きようとすればするほど、後悔をしない生き方を追求してしまうものだと思います。しかし、人生の中で重要な選択を行ったあとは、必ず自分が選ばなかった道の先にいた一人の自分のことを考えてしまうものです。
この言葉は、捉え方によっては後ろ向きな言葉に思えるかもしれません。私自身、幼い頃に観た時は、良く意味がわかっていませんでした。
でも、今の私は、より良く生きようとして、それでも後悔してしまうすべての人の「今」を肯定するような優しい言葉だと感じました。
たとえ後悔をしていたとしても、ここまで歩いてきた自分を讃えよう。そう思うことを許されたような気がします。

ちなみにこのセリフを言った女優の故岡田嘉子さんは、若い頃に舞台をすっぽかして恋人と駆け落ち騒動を起こしたり、別の恋人とは日中戦争中にソビエトに亡命してスパイ容疑で何年も拘束されたりと、信じられないくらい波乱の人生を送った人です。監督は、すごい人に、すごいセリフを言わせたものだな・・・と何度観ても思います。

writer ライター
野原こみち
熱しやすく冷めやすく、興味の対象が移ろい易い性格ですが、小さな頃から本だけはずっと手放せません。古本屋は、多くのお店を巡るよりも、贔屓のお店に徹底的に通いつめる派。新刊を扱うお店も同じく。図書館は居心地重視。最近は南米の文学作品、幻想小説を偏愛気味です。