珍しく冒頭は作者による“まえがき”から始まります。
「まえがきは、偉そうになるか言い訳がましくなるので好まない」
と書き出している辺りから、既に村上春樹の空気に包まれていきます。
全部で6篇の短編小説集で、最も古いものでも昨年12月に発表された作品。
彼の短編集は9年振りの刊行ですが、この間は長編ばかり出版していたんですね。
これまでは長編と短編を振り子の様にバランス良く書いていた印象があったので、
還暦を過ぎて長編を書ききる気力や体力が充実していた、ということでしょうか?
収められた作品は『文藝春秋』に掲載された4本と、
別のサブカル誌に掲載された1本と、書き下ろし1本。
テーマは共通して“女のいない男たち”ですが、そこは村上春樹です。
沢山の素敵な女性が登場します。
個人的な考えですが、彼の小説の主人公は年齢や職業は異なるけど、
代替え可能な印象があります。
木村拓哉はどんなドラマに出演しても木村拓哉で、代替え可能な気がするのと同じです。
(こういう点では、松田優作は凄かったと思います)
ベテラン俳優。芦屋出身で早稲田大学に通う学生。
物書き。サラリーマンからバーの店主になった男性。
色々な設定をしつつも、根本的なキャラクターはブレがない。
恐らくAという作品の主人公がBという作品に迷い込んでも、
きっとBの主人公と同じ事を考え、同じ行動をするでしょう。
(そもそも芦屋出身で早稲田大学に通う学生は、これまでの様々な彼の小説に何度も登場しています)
今回は短期間に書かれただけあって、それぞれの作品の空気感や色合いが非常に近い気がしました。
こういう印象は、具体的にこの文章が…とか説明をしにくいですね。
(こういう表現に長けてくると、立派な評論家になれるのでしょうか…)
あいかわらず、読んでいるうちに背筋が伸びるのは昔のままです。
この感じが好きで読み続けていると言っても過言ではありません。
それと妄想も入りつつですが、Aという作品の中で主人公が行くバーが、
Bという作品の主人公が開いたバーじゃないか、なんて遊びも感じられました。
また好きな小説に出会えた。それが幸せです。