書くことの効能

野原こみち|2019年1月27日

先日、友人と手帳についてすごく話が盛り上がりました。
普段良く話をする同世代の友人たちの多くは、もうこの年になるとあまり特別「書く」こともなく、手帳があったとしても何に使ったらいいかわからない、という意見が大多数上がったのですが、その中で少数派であった私ともうひとりの友人は、日頃手帳をかなり活用していたので、「書く」ということの重要性について熱弁しました。
現代では何かをメモをするにもスマホをつかってしまえば、クラウドでパソコンでも確認できます。そういう意味では利便性が高くて、実際私自身もスマホやパソコンのメモ機能もかなり多用していますが、やはり自分の手を使って、ペンで書く、という動作は別物として私の中での重要なポジションを占めています。
とくに、何か複雑な物事を考えるとき、そしてそれが自分の手に余るとき、頭の中で放っておけば毛糸がごちゃごちゃに絡み合うようにこんがらがってしまうときも、結び目をひとつひとつ確かめるように、順番に書き出していくと、不思議と気持ちが落ち着き、考えも整理されることが多いのです。
あまり日常で「書く」ことをしない人からしたらとても驚くことらしいのですが、私は手帳用のボールペンを年に2、3本は使い切りますし、2、3冊は手帳を別用途で併用しています。
辛い出来事があった時期のページを自分で読み返してみると息が詰まりそうになるのですが、それでもやはり「書く」ことによって救われた過去の自分がいたことを実感します。
自分の時間と労力を、何に対して、どのくらい割くかということは、自分自身が責任を持って選択しなければいけないことであり、なにかを「する」選択も、なにかを「しない」という選択も、時には、その選択のしっぽには後悔がくっついてきてしまうこともあるのですが、小さな選択も大きな選択も、私は「書く」ことで自分自身と相談して、決断をしてきたような気がします。
良いことがあった日も、ちょっと落ち込んでしまった日も、ただ黙ってそばにいてくれる親友のように、私の考えや思いを受け止め、一緒に過ごしてくれた手帳たちに、ありがとう、という気持ちをもってこれからも日々お付き合い頂こうと思います。

writer ライター
野原こみち
熱しやすく冷めやすく、興味の対象が移ろい易い性格ですが、小さな頃から本だけはずっと手放せません。古本屋は、多くのお店を巡るよりも、贔屓のお店に徹底的に通いつめる派。新刊を扱うお店も同じく。図書館は居心地重視。最近は南米の文学作品、幻想小説を偏愛気味です。