もうすぐ、バルーンと唐津くんちだよ♪

多羅尾 伴内|2018年10月10日

何もない休日は、図書館に行く。小さな図書館で蔵書も多くはないが、大きな一枚ガラス
から見る庭や空の風景が本共々癒してくれる。新刊のビーパルや山渓も愛読できるしね。
最近は、本を購入することも少なくなって、本の断捨離もしなきゃなぁ、と思いつつ以前
読んだものを読み返してます。
いま読んでるのが、鉄のおはなし。
日本では平安時代頃に朝鮮からもたらされたようです。
しかし、その後日本では鉄の生産が隆盛を極めてくるが、朝鮮では衰退、停滞する。
鉄の融解点は約1500度、金や銅等の金属の1.5倍の高温を要する。そのためには、沢山
の木炭が必要になる。その木炭を作るためには膨大な量の木材がいる。
朝鮮において鉄の生産が停滞するのは、山々に木々がなくなるほど伐採がなされたため。
伐採と並行して植林をすればと思いがちだが、雨の少ない乾燥地帯の土壌では、木々が育
たない。その結果、技術者が日本の湿潤地帯を求めて、日本海を渡った。
朝鮮から一番近い場所が、出雲。この地が日本の鉄生産の発祥の地、安来節で有名な安来
町近辺なんですね。中国山脈を所有していたタタラ王が、大正年間まで操業してました。
出雲は、もののけ姫の舞台ではないかと思います。自然神と木々を伐採するタタラ業者の
対比が描かれてますよね。スサノオノミコトと八俣のオロチのお話も出雲の神話で、やは
りタタラを舞台としています。スサノオは朝鮮の人なんですね。
日本では鉄の生産が活発になったことで、農業に生かされ、開墾が進み、荘園以外の土地
を所有する人たちが増えてきます。その流れが武士を生み出します。武蔵野から関東武士
団が生まれ、源頼朝を祀り上げることになるんですね。
鉄の隆盛、その加工技術はやがて武器を生み、戦の仕方も変わり、覇権を求めて海の外に
目を向けることになる、その結果は歴史が示しています。
日本人は朝鮮からの鉄により、大きく変革したといえます。その朝鮮においては、鉄の道
具が少ないことから、昔ながらの農業が昭和に入っても続けられていたそうです。訪ねた
人が云うことには、今の日本が何かを犠牲にして亡くしたものが朝鮮の風景や人心には残
っていると。ちょうど沖縄の人に似た素朴さがあるとも。沖縄においても、鉄の伝来は遅
く、ながらく石や木の道具を使っていたようです。
鉄の影響は多大でありますが、それをどう使うかはやはり人間の問題なんでしょうね。現
在は半導体がそれに代わるものでしょうか。


朝鮮と日本は深い契、絆が有史以来続いていると思います。九州においても、山(あそ、
せぶり等)や神社、町名、名前等々に朝鮮由来の言葉が使われています。八幡信仰の祖
である宇佐神宮(大分)もその代表ですね。京都や大阪の著名な神社仏閣(伏見稲荷、平
野神社、下賀茂神社、住吉大社等)にも沢山の朝鮮由来を見ることができます。
早くお互いを理解し、融解に達するまで熱い思いを交し合うことが大切なんでしょうね。
では、今回はここで、ソイギィ(またねぇ、の佐賀弁、朝鮮語のようですよねぇ)

writer ライター
多羅尾 伴内
酒と旅と歌をこよなく愛し、
それらが焚き火とともにあれば、千夜一夜の話を紡ぎ出す…
そんなステキな話をお伝え出来れば…遥か九州の地より、愛を込めて