稜威(いつ)という概念

野原こみち|2018年9月13日

この国の古代の言葉に「稜威(いつ)」という言葉があるそうです。

神事の祝詞や剣術の書などに登場し、厳島神社のイツも同等の意味だとされています。
「畏れを感じるほどの見えない力」
そういう意味を持つのだそうです。

この日本という国は、地質学的な見方では地球自体を構成するプレートの狭間に位置する島の集まりで構成されているので、おそらくは書物的な記録が残される以前より、自然の脅威に度々晒され続けてきたのだと思います。
自然は、ときどき私たちに厳しい一面を露わにします。
その露わにされた面から、古代の人が畏れを感じた「稜威(いつ)」という力に繋がる何かがあるように思えてなりません。
生物の力では到底太刀打ちできないような大きな強いうねりのような力。良い方向に働くときもあれば、その逆のこともある。
科学が発達して物質的に豊かな時代となってもなお、その荒ぶる脅威の最中は、為す術もなく立ち尽くしてしまうばかりです。
しかし、自然はそういう力を持つことを「知る」こと。そして、「備える」ということ。それはやはり私たちに課せられていることなのかもしれません。
ここ数年頻発する災害に、その度に情報を知るたびに、何度も頭の中で言葉を編みかけてはほどくのを繰り返している自分がいます。
有事の時に語る言葉ほど難しいものはありません。

この度の災害によって被害に遭われた方々へお見舞いと、一日も早い地域の復興を祈っております。

writer ライター
野原こみち
熱しやすく冷めやすく、興味の対象が移ろい易い性格ですが、小さな頃から本だけはずっと手放せません。古本屋は、多くのお店を巡るよりも、贔屓のお店に徹底的に通いつめる派。新刊を扱うお店も同じく。図書館は居心地重視。最近は南米の文学作品、幻想小説を偏愛気味です。