男ありけり

多羅尾 伴内|2018年9月10日


先日の編集部さんの日記「懐かしい場所」に乃木坂のことを書かれてました。
私もたぶん同じ頃の思い出があり、懐かしく拝見しました。
当時、北青山の酒屋でバイトしてまして、乃木坂に、
「菊正宗」や「剣菱」が好きなお父さんがいらっしゃって、よく配達をしていました。
長寿庵にもいきましたねぇ...東京のソバは好きですねぇ...九州では味わえません。
健さんに惹かれて行ったグレコでは、長靴をはいて断れたことがあります。

新宿の歌舞伎町の近くに住んでいて、長靴をはいて表参道を通って青山まで通ってました。
ちゃんとした格好もできるんですよ。
コーディネートよろしくバーバリーのトレンチを着て、表参道を歩いていると、丁度同潤
会アパートの前で、雑誌メンズクラブのカメラマンから写真を撮らせてくれと。
私はボギーばりに、「よせよぉー」と肩で風を切って去りました。

酒屋は現在息子の代で4代目。九州の私の元に遊びに来たこともあります。当時は、サザ
エさんにも登場するような御用聞きもやってましたねぇ。店も三河屋といいます。

今朝の新聞に、寅さんの撮影が始まったと。
新宿に住む前は、柴又に住んでました。寅さん愛が強かったものですから。
その頃、昼夜逆の生活をしておりまして、昼はゴロゴロ、夕方から松戸のキャバレーにバ
イトの生活。主にウエイターで、ホステスさんの擦るマッチに呼ばれて、注文取り。時に
表で、客引き。頬に傷ある人の経営だったんですが、辞める際は別れを惜しんでくれまし
た。お姉さんたちからも誘われたりしましたが、「よせよぉー」と清くお断り。商品に手を
付けてはいけません。幼き子を連れて勤めてる娘も多かったからですね。
その店のステージでよく演奏されていのが、スタンド・バイ・ミーでした♪

ある昼間、急にピザが食べたくなり、銀座のカプリという店に行った折り、4丁目にある
本屋で立ち読みしていると、隣の人の足元に目が行き、みすぼらしい靴履いてんなぁ、と
顔を見ると、なんと寅さん!思わず、「こんにちは」。軽く会釈された、
そして「よせよぉー」とはおっしゃらずに、本屋を出られ、
銀座の雑踏の中に消えて行かれた....

東京時代の7年、寅さんのように、風にさそわれホウボウ旅をした。
寅がおいちゃんたちと喧嘩して、旅に出る時のせりふ、
「夏になると、かならずけえってくるあのつばくろさえも、
なにかをさかいにぱったりすがたをみせなくなることもあるんだぜぇ....」

何がこの先に待っているか分からない時代、
いまのちょっとした別れが最後になるかもしれない...
常にその覚悟で、その後ろ姿に手を合わせ、また会える日までの無事を祈る、
その思いが大事な人を守ってくれるのでは..
では、今日も元気にいってらっしゃい、おかえりなさい!

writer ライター
多羅尾 伴内
酒と旅と歌をこよなく愛し、
それらが焚き火とともにあれば、千夜一夜の話を紡ぎ出す…
そんなステキな話をお伝え出来れば…遥か九州の地より、愛を込めて