光陰矢の如しという言葉を、これほど実感する時期はないのかもしれない。
ついこの前まで中学生だった娘が、
気づけば高校を卒業し、春から大学生になる。
制服姿で玄関を出ていく背中を見送る日々は、確かに長かったはずなのに、
振り返れば一瞬のようでもある。
時間は均等に流れているはずなのに、
人生の節目に立つたび、その速さだけが際立って感じられる。
2011年の東日本大震災からも、今日で15年。
あの日の衝撃、映像越しに見た第二の故郷の海の変わり果てた姿、
胸を締め付けるような不安と焦燥は、いまも鮮明に思い出すことができる。
私は学生時代を岩手県大船渡市三陸町で過ごした。
豊かな海と山に囲まれ、地元の人々に支えられながら、
濃密な時間を重ねた場所である。
机上の学びだけでは得られない、人と土地に根ざした経験がそこにはあった。
震災発生の報を聞いたとき、
真っ先に思い浮かんだのは世話になった地元の皆さんの顔だった。
そして、あの場所で学んでいるであろう学生たちの安否が気がかりでならなかった。
電話も繋がらず、状況も分からない中で募る無力感。
遠く離れた場所にいながら、
何もできない自分へのもどかしさを抱え続けた日々を覚えている。
あれから歳月は流れた。
当時ともに学んだ学生たちは、いまや社会の中心で働く世代となっている。
地域の復興に関わる者、家族を支える者、新たな土地で挑戦を続ける者。
それぞれが自分の持ち場で懸命に生きているはずだ。
世話になった地元の皆さんは、
穏やかな“おじいちゃん”“おばあちゃん”と呼ばれる年代になった。
当時まだ幼かった子どもたちは成長し、
いまは父となり母となり、次の世代を育てている。
時間は容赦なく前に進む。
喜びも悲しみも、出会いも別れも、すべてを抱え込みながら人は歩み続ける。
その歩みの中で、記憶は少しずつ風化し、景色はゆっくりと姿を変える。
それでも、確かにそこにあった時間の重みだけは消えない。
娘の門出に立ち会いながら、自分自身の過去と現在が静かに重なっていくのを感じる。
若者だった自分もまた、気づけば次の世代を見送る立場になった。
あの海辺の町で過ごした日々も、震災の不安に胸を締め付けられた時間も、
すべてがいまへと続く一本の線の上にある。
光陰矢の如し。
だからこそ、流れ去る時間を嘆くのではなく、
その瞬間を確かに受け止めながら生きていきたい。
過ぎ去った日々への感謝と、これから訪れる時間への静かな期待を胸に、
今日という一日を丁寧に重ねていくのである。
writer ライター
岡野伸行
西中国山地の麓で育ち、魚釣りが日常にある幼少期を過ごす。
大学では水産学を学び、魚が日常にある生活を送る。
大学卒業後は釣り番組の制作会社で、釣り人が日常にいる日々を過ごす。
2023年に独立し、H.I.T. FILMSの屋号で活動開始。
商業的ではなく作家性のある釣りの映像作品を制作。
釣りを人生で一周し、現在は冒険的なフライフィッシングを好み、
釣り旅のことばかりを考える毎日を送る。
H.I.T. FILMS
https:/hitifilms.jp






