水辺に立ち、平和を思う

岡野伸行|2025年8月9日

八月六日。
広島に原子爆弾が投下されたあの日から、今年で八十年になる。
私の父は被爆者であり、私は被爆二世として生まれた。
1977年、私は広島で生まれた。
子供のころは、原爆や戦争の話を「昔のこと」として聞いていた。
父の話や学校で学ぶ資料の中でしか知らない世界。
焼け野原や火の海の描写は、まるで遠い物語のように感じていた。

けれど、いま自分が今年で48歳になるという立場からふり返ってみると、
私の生まれた1977年は、原爆投下から「わずか32年後」に過ぎなかったことに気付く。
子供のころは漠然とした「昔」だった32年が、いまの私にとっては、
つい昨日のような時間の流れだ。32年という時間の短さを、
自分の年齢を通じて実感するようになってからは、戦争や原爆の記憶が、
より身近で、生々しいものとして迫ってくるようになった。
私がこの世界に生を受ける、ほんの少し前まで、広島の空にはキノコ雲が上がっていたという現実。
その重みは、年を重ねるごとに増している。

大学進学で広島を離れたとき、私は初めて知る感覚に出会った。
八月六日が、他県ではただの夏の日として流れていくことへの違和感と寂しさ。
そして、広島に生まれた者として、何かを語り継ぐ責任が自分にあるのではないかという思い。
それは、年を重ねるごとに強くなっていった。

大人になってから、戦争についてそれなりに学ぶようになった。
資料を読み、証言に耳を傾け、歴史を辿るうちに、
日本が一方的な「被害者」であったとは言えない現実が浮かび上がってくる。
加害の歴史もまた存在する。指導者の誤った判断や、国民を巻き込んだ無謀な戦争。
そうした現実を受け入れたとき、アメリカという国に対する見方も変わっていった。
かつては父を傷つけた国として怒りを向けていたが、その国にもまた、
戦争で命を落とした人々や、家族を失った者たちがいることを知った。
原爆は絶対的な悪だと思う。だが、それ以上に「戦争そのもの」が悪であり、
そこには常に指導者たちの欲と傲慢がある。

私は映像制作を仕事にし、日本各地、世界各地へ釣りに出かけている。
旅先でのもうひとつの習慣として、戦争の遺構を訪ねることがある。
最近では奄美群島やサイパンを歩いた。青く澄んだ海、美しい浜辺、豊かな森。
その風景の中に、崩れかけた砲台や塹壕、慰霊碑がひっそりと残されている。
海辺で爆撃が行われ、洞窟に逃げ込んだ人々が命を落とした場所。
水辺という穏やかな場所で、かつて多くの命が奪われたという現実は、何度見ても胸が締めつけられる。

そして今、同じ水辺で私は釣り糸を垂れている。
波音を聞き、風に吹かれ、ただ魚の気配を待つ。
誰かに怯えることなく、誰かを傷つけることもなく、静かに竿を握る。
その時間に、私は平和の本質を感じている。
かつて命が絶たれたその海で、いま私は生命の営みを感じている。

釣りを通して旅を続ける中で、私は繰り返し思う。
この静けさを、絶やしてはならないということを。
戦争はいつだって突然始まるのではない。
人々が無関心になること、過去を忘れてしまうことが、始まりなのだと思う。
だからこそ私は語り続けたい。
私が生まれたのは、あの出来事から「わずか」32年しか経っていなかったということを。
そして、水辺に立つたびに、平和の意味を噛みしめていることを。

この八月六日もまた、私は静かに祈った。

writer ライター

岡野伸行

岡野伸行

1977年広島県生まれ。さかな検定2級
西中国山地の麓で育ち、魚釣りが日常にある幼少期を過ごす。
大学では水産学を学び、魚が日常にある生活を送る。
大学卒業後は釣り番組の制作会社で、釣り人が日常にいる日々を過ごす。
2023年に独立し、H.I.T. FILMSの屋号で活動開始。
商業的ではなく作家性のある釣りの映像作品を制作。
釣りを人生で一周し、現在は冒険的なフライフィッシングを好み、
釣り旅のことばかりを考える毎日を送る。
H.I.T. FILMS
https:/hitifilms.jp
writer ライター
岡野伸行
1977年広島県生まれ。さかな検定2級
西中国山地の麓で育ち、魚釣りが日常にある幼少期を過ごす。
大学では水産学を学び、魚が日常にある生活を送る。
大学卒業後は釣り番組の制作会社で、釣り人が日常にいる日々を過ごす。
2023年に独立し、H.I.T. FILMSの屋号で活動開始。
商業的ではなく作家性のある釣りの映像作品を制作。
釣りを人生で一周し、現在は冒険的なフライフィッシングを好み、
釣り旅のことばかりを考える毎日を送る。
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