スーパーバーバーばあば その弐

多羅尾 伴内|2018年2月24日


スーパーバーバーばあばとの出会いは、
20年程前に現在の地に転居してから、町に4軒ある理髪店を全て体験した結果
技術に秀でたばあばに決めた。
だが、当時の私は仕事で5年間ほぼ毎日午前様
(中州御用達ではありません)の生活で、心身ともに疲労が蓄積されていたためか、
気が短くなっていたかも....
ばあばの店に行くと、カットの途中で台所に行ったり、
知人が来るとずーと話し込んだりして、2時間も3時間は当たり前。
結局それに耐えきれず、次回は別の店に行く...
でも気に喰わない...また戻る...そんなことを繰り返すうちに、
ばあばの素性も分かり始め、そのだらだらした時間に逆に癒されていることに気付いた。

私の義弟はパティシエで、パンも作っていた。
売れ残った商品を冷凍し、我が家のために保管してくれ、
定期的に持ってきてくれた。その量は半端なく、妻は知人に配って、
皆さん喜んでくださった。ばあばにも持参すると、大喜びで一部を実家の母親に届けていた。
その母親が、これまた素晴らしい女傑であった....
では今回は...えっまだ皆さん聞きたい?そう、それではもう少し...


この田主丸町の田園地帯に代々続くU家の分家ではあるが、
早くに夫を亡くし、息子も亡くして一家を切り盛りしてきた母者...
御年106歳!なんのなんのまだまだ現役!この母者があってのばあばである。
発する一言一言が重たく含蓄がある名言なのである。
すべてを天のおぼし召しとし、土や水、火と戯れ、凡夫である人間の我儘を良しとせず、
あるがままに生き、いまだ病に侵されることなく、凛と生きている140cmの明治の女傑。

その母者との縁も義弟のパンが紡いでくれた。
そのパンをもとに、近所の友人たちを集め、お茶会を開くのが楽しみだったらしい。
でも、大好きなデニッシュ系のパンは大切にしまい、夜一人で楽しんでいたそうです。
ビールをサイダーで割りつつ...
その義弟も天に登って、7年が過ぎました...
おっと、今回も長すぎたかな...ではこの辺でto be continued またね

writer ライター
多羅尾 伴内
酒と旅と歌をこよなく愛し、
それらが焚き火とともにあれば、千夜一夜の話を紡ぎ出す…
そんなステキな話をお伝え出来れば…遥か九州の地より、愛を込めて