サイパン島、釣りと記憶の旅

岡野伸行|2025年5月15日

先日、仕事でサイパン島を訪れた。
フライフィッシングの天地を探す!ことが目的で、たくさんの映像を撮影でき、素晴らしい経験となった。
それとはまた別に、サイパン島を通じて様々なことを感じたので、それをエッセイとして残しておきたい。

青青く澄んだ海に糸を垂らしながら、私はサイパン島の静かな波音に耳を澄ませていた。
手にした釣竿は、ただ魚を釣るための道具ではなく、
過去と現在、そしてさまざまな人々の思いを結ぶ一本の線のように感じられた。

ここサイパンは、かつて日本が統治し、1944年には日米が激突する「サイパンの戦い」の舞台となった。
日本にとってこの島の陥落は、戦局の大きな転換点であり、多くの民間人と兵士が命を落とした。
そしてその戦いの先に続いていたのが、私の生まれ故郷、広島に向けた道だった。

今回の旅では、船上からテニアン島が見えた。
広島に原子爆弾を投下するために「エノラ・ゲイ」が飛び立った場所。
私は被爆二世として育ち、子どもの頃から戦争と核の重さを自然と背負ってきた。
だからこそ、テニアンの姿はただの風景としては見られなかった。
心の奥に重く沈むものを感じながら、それでも私はその島に対して、
あるいはアメリカに対して、憎しみを抱いているわけではない。
ただただ、なぜこんなことが起こってしまったのか、戦争とは何なのか、
そしてそれを導いた「指導者」とは何なのかという問いが、静かに湧き上がってくる。

今回の旅では、アメリカ人のガイドと共に巡った。
彼はとても親切で、冗談を交えながら釣りのポイントを案内してくれた。
私たちはただ釣りを楽しむ仲間だった。
国家と国家という枠組みを超えて、個と個としての出会いがそこにはあった。
戦争を起こすのは、往々にして指導者であり、国ではない。
だからこそ、こうして国境を超えて笑い合えることに、私は希望を感じる。

そしてこの島には、日本人でもアメリカ人でもない、もうひとつの視点がある。
チャモロ人をはじめとした、太平洋の島々に暮らす人々の存在だ。
戦争の渦中で、彼らは当事者でありながらも、しばしば忘れられた存在となってきた。
サイパンでは彼らも戦火に巻き込まれ、多くの犠牲を出した。
それなのに、日本とアメリカ、勝者と敗者という二項対立の語りの中では、その声は埋もれてしまいがちだ。

私は釣りをしながら、彼らの目にあの戦争はどう映っていたのかを思った。
突然持ち込まれた大国同士の戦争に、彼らはどんな思いで立ち会ったのか。
平和を取り戻した今、島に暮らす人々は何を感じ、どんな記憶を子や孫に伝えているのだろうか。

戦後80年の今年、私はこの旅を通じて、戦争の記憶と平和の尊さをあらためて感じた。
バンザイクリフから見下ろす海はあまりにも静かで、その美しさがかえって胸に迫った。
かつてこの海に広がっていた絶望と破壊を思いながら、今こうして釣り糸を垂らしている自分がいる。

過去をただ悔やむのでも、誰かを責めるのでもなく、記憶と向き合いながら、未来に何を残すのかを考える。
それが、私のような世代に与えられた役割なのかもしれない。
サイパンの海は、戦争も平和も知っている。
だからこそ、その波音には、言葉にならない祈りが込められているように思えた。

そして釣りは平和の象徴である。

writer ライター

岡野伸行

岡野伸行

1977年広島県生まれ。さかな検定2級
西中国山地の麓で育ち、魚釣りが日常にある幼少期を過ごす。
大学では水産学を学び、魚が日常にある生活を送る。
大学卒業後は釣り番組の制作会社で、釣り人が日常にいる日々を過ごす。
2023年に独立し、H.I.T. FILMSの屋号で活動開始。
商業的ではなく作家性のある釣りの映像作品を制作。
釣りを人生で一周し、現在は冒険的なフライフィッシングを好み、
釣り旅のことばかりを考える毎日を送る。
H.I.T. FILMS
https:/hitifilms.jp
writer ライター
岡野伸行
1977年広島県生まれ。さかな検定2級
西中国山地の麓で育ち、魚釣りが日常にある幼少期を過ごす。
大学では水産学を学び、魚が日常にある生活を送る。
大学卒業後は釣り番組の制作会社で、釣り人が日常にいる日々を過ごす。
2023年に独立し、H.I.T. FILMSの屋号で活動開始。
商業的ではなく作家性のある釣りの映像作品を制作。
釣りを人生で一周し、現在は冒険的なフライフィッシングを好み、
釣り旅のことばかりを考える毎日を送る。
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