先日、村田満さんと言う鮎釣りの大名人がお亡くなりなった。
村田さんは釣りの技術が素晴らしいのはもちろんであるが、
その独特の喋りと言葉の選び方が素晴らしく映像の出演者としてとにかくユニークだった。
鮎釣り少年だった私は村田さんのビデオをいくつも買い、それこそテープが擦り切れるまで見ていた。
当時は沢山の釣りビデオが販売され、多くの映像を目にする中で、
いつしかビデオを作っている”中の人”の存在を知った。
それがのちに映像制作を生業とすることになった原点かもしれない。
釣り専門の放送局に入社した私のディレクターとしての処女作は村田満さんの番組だった。
企画書に村田さんへの愛を目一杯込め、
制作が決まった時は”ついに”と高揚したことを今でも覚えている。
自らが憧れた画面の中の人と仕事が出来ることは一つの夢が叶った瞬間だった。
村田さんは釣りに関して繊細だった。渇水期は鮎は警戒心が高まり神経質になる。
村田さんは水面に映る竿の影、太陽に反射する腕時計の煌めきが水面に走ることすら気にされる。
私自身釣り人としてその辺りは気にして釣りをしていた。
私として釣り人にできる限り釣りの負担をかけない現場のやりくりを考えていた。
カメラマンは絵がわりを気にして立ち位置を変えながら映像を拾い集めてくれる。
しかしその動きが、渇水期の釣りでは致命的になる事がある。
生意気な若輩ディレクターは先輩カメラマンに、
私が指示を出すまで立ち位置を変えないで欲しいと講釈を垂れ、
村田さんの動きを予測し次の立ち位置を指示した。
結果として初めてのロケにも関わらず
「岡野さんやりやすかったわ〜」とロケ後に村田さんに言われた事はとても嬉しかった。
釣り以外の人物を撮るテレビ番組制作において、
一日中カメラを回すということは、ほぼないが釣りの撮影は長い。
そう割り切れば一箇所で粘り、撮れたもののなかからストーリーを紡ぎ出すことも、
一つの手段だと学ぶことがでいた。
もちろん、動ける現場では色んな角度から画を拾う方が、表現として豊かになる。
出演者の個性、釣りもの、様々な要素を考慮しながら立ち回らなければいけない、
という釣りのプロフェッショナルのディレクターを目指そうと自信を持てたのは、
村田さんとの初番組の経験があってこそだと思う。
一昨年、前社を辞めた後、在職中にお世話になった方々に挨拶回りに出た。
いの一番に村田 満さんの元を訪ね、お礼と報告と今後の夢を語らせていただいた。
だが、最後の一つだけは叶わず。
とても寂しくて悔しいが、これも「作りたいと思った時に動け」という、
村田さんからの最後の教えだと、心に刻もうと思う。
闘将・村田満さん、安らかに、そしてありがとうございました。
三途の川での入れ掛かり、お声が聞こえてきそうです。
writer ライター
岡野伸行
西中国山地の麓で育ち、魚釣りが日常にある幼少期を過ごす。
大学では水産学を学び、魚が日常にある生活を送る。
大学卒業後は釣り番組の制作会社で、釣り人が日常にいる日々を過ごす。
2023年に独立し、H.I.T. FILMSの屋号で活動開始。
商業的ではなく作家性のある釣りの映像作品を制作。
釣りを人生で一周し、現在は冒険的なフライフィッシングを好み、
釣り旅のことばかりを考える毎日を送る。
H.I.T. FILMS
https:/hitifilms.jp