大人になって初めて

岡野伸行|2024年8月20日

魚釣りを幼少期から楽しみ、大学では魚を学び、気がつけば魚釣りを生業とするようになった私。とは言え今の私自身は、暇があれば釣りに行く!というわけでもなく、あくまでも映像コンテンツの題材として釣りがある。

元々はサカナという生き物に興味があったことが釣りを始めた紛れもない理由なのではあるけれど、釣りに魅せられた人たちを取材する経験を経て、今となってはツリビトという生き物が好きなのだと、最近は思う。
釣りの目的はそれぞれだ。大きなサカナを釣る、たくさん釣るといった欲望を追い求める時代を過ぎ、魚やフィールドと向き合い、時を過ごしていく中で哲学が形成される。人生は有限であり、釣りは生涯スポーツであり、経験値の積み上げは釣りと関わる時間に比例する。ネットや他人から得た二次情報ではなく、自らの実体験の積み重ねが全てであり、始めるのが早ければ早いほど、その時間分の世界に辿り着けるのだ。そこまでたどり着いた人たちは私にとって実に興味深い存在なのだ。無論、命が終わるその時まで変わり続ける。

時間を重ねてたどり着いた人たちの世界観はそれぞれ唯一無二であり、真実であり、とてつもない多様性を持つ。しかし“原点”は、ほぼ共通するというのが興味深い。私は最近、ポッドキャストを始め、釣り人たちに釣りの遍歴などを聞いている。その中で釣りを始めたきっかけとして“親との釣り”を口にする。すなわち、幼児体験が全てのスタートであり、そこから人生の長さ分の経験を積んできているのだ。

だからと言って大人になってから釣りを始めたらつまらないのか?と言うとそうでもない。
子育て世代である私は、子供と釣りに行くことがある。そして子供の友達を連れていくこともあり、そんな時は保護者も同行してもらうことが多い。そんな時、小さな子供たちは飽きて、決まって大人たちが夢中になっている。私よりも少し若い世代の親御さんたちは“釣り”という遊びの経験がない人が多いが、大人だって“初めて”は心踊るのだ。子供たちに至っては“危険から遠ざけることが安全“という”ある意味で危険“な世の中の情勢から、川にすら近づいた経験がない子供が多い。

私は前職で釣り番組を作っていたころ“初体験”を意識した番組を作っていたことがある。釣り専門チャンネルにおいて視聴者は釣り経験者が多く「こんな番組いらん!」と思われた方もいると思う。だが番組の狙いはそこではなく、釣りを経験した人がどうやって「釣りを教えるか」をテーマにしていた。釣りの経験を積むと本命の魚を作り出してしまい、その結果として「良い魚」「悪い魚」が出来上がる。そして初心者が初めて釣った魚にケチをつける場面をたくさんみてきた。どんな魚であれ、その人にとっての初めての魚は喜んであげるべきであり、子供であれば触りまくって殺してしまっても構わないと私は思う。死んで動かなくなった魚を見ると、子供たちの心はそれだけで動くものだ。子供の感受性を大人がみくびってはいけない。“死”が身近にない現代において、釣りは数少ない“命を殺めること”が許容されている意義のある遊びだと思っている。自らの生活が多くの犠牲の上に成り立っていることを感じることが希薄な社会で、犠牲になっていることを“知らない“大人だけになるくらいなら、1匹の犠牲で無数の命を大切にする心を養った方がいいに決まっている。

初体験においては、釣りの所作まで行かずとも、もっともっと手前に「感動」があると思う。早起きすること、石だらけの河原を歩くこと、船に乗ること、海から登る太陽を見ること、釣り場から見る景色、ウェーダーを履いて川に入ること、それぞれの“初めて”を一つずつ大切にしてあげれば、釣りはもっともっと社会的な意味を持つ趣味になる。
たくさん釣る、大きい魚を釣る、道具の良し悪し、そんなことだけでしか釣りの魅力を語れないのは、釣り業界やメディアの思考停止に他ならないと思う。

先述した通り、釣りは一生かけて楽しむものだからこそ、時間をかけてゆっくりと楽しんで欲しいと思う。夏休みの子供達の初体験はもちろん大人たちもぜひ釣りにチャレンジして欲しい、大人になって“成長を感じる”ことなんてそうはない。

情報過多の時代だからこそ、アナログな遊びが輝きを放つはず。

writer ライター

岡野伸行

岡野伸行

1977年広島県生まれ。さかな検定2級
西中国山地の麓で育ち、魚釣りが日常にある幼少期を過ごす。
大学では水産学を学び、魚が日常にある生活を送る。
大学卒業後は釣り番組の制作会社で、釣り人が日常にいる日々を過ごす。
2023年に独立し、H.I.T. FILMSの屋号で活動開始。
商業的ではなく作家性のある釣りの映像作品を制作。
釣りを人生で一周し、現在は冒険的なフライフィッシングを好み、
釣り旅のことばかりを考える毎日を送る。
H.I.T. FILMS
https:/hitifilms.jp
writer ライター
岡野伸行
1977年広島県生まれ。さかな検定2級
西中国山地の麓で育ち、魚釣りが日常にある幼少期を過ごす。
大学では水産学を学び、魚が日常にある生活を送る。
大学卒業後は釣り番組の制作会社で、釣り人が日常にいる日々を過ごす。
2023年に独立し、H.I.T. FILMSの屋号で活動開始。
商業的ではなく作家性のある釣りの映像作品を制作。
釣りを人生で一周し、現在は冒険的なフライフィッシングを好み、
釣り旅のことばかりを考える毎日を送る。
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