私は、大学を卒業して以来、四半世紀近く映像制作を生業としている。
主に魚釣りをメインとするものが多く、ほぼいつも「結果は未定」の状態で撮影を開始する。
釣れるか釣れないか?晴れるのか、雨が降るのか?
それぞれのコンテンツにおけるコンセプトはあるものの、不確定要素が多いものばかり。
撮影を終えた後、テレビの仕事では迫る放送日との戦いとなる。
撮影の結果(釣果)が良かった時は、良いメンタルの中で作業が進むが、
ネガティブ要素が多い時は、各方面への配慮で胃が痛くなる。
魚釣りの映像制作はスリルに満ちたものであるが、
出来上がった番組に対する視聴者からの「面白かった」の声に全てが報われ、充実感に包まれる。
2023年に23年間勤めた会社を退職し、サラリーマンから独立。
フリーの立場で映像制作と向き合うことにした。
これまではテレビ(放送)が主戦場であったが、
ネット(通信)をはじめとしてもっと自由に映像作品を作れるようになった。
ここまで僅か半年ではあるが、これまでよりも「映像」と言うものに向き合うようになった。
私の親が子供の頃、テレビはなかった。その親の世代に世の中は急激に動き、
白黒テレビからカラーテレビへ、そして録画機器が生まれ家庭用のビデオカメラが誕生。
そして現代ではスマートフォンで4K映像が撮影でき、
手のひらの中で編集はおろか世界に対して公開までできてしまう。
Appleの生みの親スティーブ・ジョブズが描いた未来の世界に現代はある。
彼はクリエイティブな未来を想像し、テクノロジーが社会に愛と平和を生み出すことを期待していたはずだ。
しかし、その現実はどうだろう?
誹謗中傷をはじめ社会にとってネガティブな映像コンテンツも散見されるのは、
長く映像に携わってきた者から見ると心が痛い。
誰でも「撮れる」「作れる」ことは基本的には良いことだと思うが、
映像はその使い道によっては他人を傷つける「暴力」になることを、作り手側が意識することが大切だ。
それと同時に「表現する」ことについて、もっともっと向き合うことが必要だとも思う。
カメラや編集機器などのハード面は今まさに隆盛を極めている。
映像作品は人間が作り出す以上、ソフト面である作り手の内面がとても大切。
「綺麗な映像」は機材が撮ってくれるが、作品として作り上げていく過程の中で
「人間」が最も重要なソフトとなる。
そうでなければAIに仕事が置き換えられてしまう。
テレビだって誰かをいじっているじゃないか!と言う声も聞こえてきそうではあるが、
私は少なくともそこの部分にとても気を使い、
自然の中で釣りと真摯に向き合う被写体の心の動きと魚の美しさや力強さを大切にしてきた自負がある。
「釣り」と言うものの人間にとっての必要性を自問し、
他人と競うだけでは無く自らの精神性の中にこそ、その本質があると思っている。
昨今はYouTubeに象徴されるように、テレビだけではない映像コンテンツが溢れている。
他人(放送局)が作ったタイムテーブルに合わせるのでは無く、
見る側の好きな時間で見ることができ、ビジネスの観点から言えば
「いかに可処分所得を奪うか」が勝負ともなる。
テレビは放送法と言う法律の中にあり、放送局それぞれのルールや理念を設けることで、
教育体制が行き届き、その中で制作者たちが育っていく。
制作者たちはその成長過程で映像が持つ力を理解し、
一定の秩序の中でリテラシーを身につけていくものであり、
私自身も若い頃に教わった映像制作の「心得」は今も大切にしている。
多くのテレビ番組制作者はコンテンツ(仕事)と自らの趣味趣向は異なるのが普通だ。
しかし私の場合、仕事も趣味も等しく「釣り」。
好きなことを仕事にしているからこその苦しみや悩みもあるが、
映像で表現できる喜びがそれらを遥かに凌駕する。釣りは人生のステージごとに、
その楽しみ・価値観・目的が変化してくる。
そしてそれは、そのステージに自らが立たないと感じられないものだ。
これまで同様、「他人」を取材し、撮影することが基本ではあるが、
これからは自らの視線を強調した作品、すなわち「主観」を客観性を持って表現することにもチャレンジしようと考えている。
サラリーマンを続け40歳を過ぎると「管理職」の声がかかる。
もちろん企業という組織の中で、その必要性は理解できるし尊い存在であると思う。
その中で、私は制作者としての立場を貫きたいという思いが強く独立した。
そしてこれから訪れる50代、60代、70代の目線で、映像を作っていきたいと思っている。
もちろん、制作ペースも落ち、崖も登れなければ、海も泳げなくなるだろう。
だけどその歳になっても釣りたい魚、釣りをする理由を伝えていきたい。
映像が溢れる現代の我々が、化石や遺跡にロマンを感じるように、
今を遺す映像は後世にとって「遺産」ともなりうる存在であると思っている。
それが憎悪や他人の批判に満ちたものであるのは、あまりにも寂しい。
大衆の映像遺産はテレビ局には敵わない。
だからこそ個人の映像制作者たちは、
ごく普通の人たちの「現代の生きがい」を作り続け、遺して欲しい。
writer ライター
岡野伸行
西中国山地の麓で育ち、魚釣りが日常にある幼少期を過ごす。
大学では水産学を学び、魚が日常にある生活を送る。
大学卒業後は釣り番組の制作会社で、釣り人が日常にいる日々を過ごす。
2023年に独立し、H.I.T. FILMSの屋号で活動開始。
商業的ではなく作家性のある釣りの映像作品を制作。
釣りを人生で一周し、現在は冒険的なフライフィッシングを好み、
釣り旅のことばかりを考える毎日を送る。
H.I.T. FILMS
https:/hitifilms.jp